投資理論[理論編] ― 第5章

リスクニュートラル・プライシング ― 状態価格の一般理論

「ノー・フリーランチ」一つの原理が、あらゆる証券価格を決めてしまう。

第 5 章へようこそ!前章までの CAPM では「市場の需給が均衡する」という考え方で証券価格を説明しました。 この章ではもっと広く使える原理、「ノー・フリーランチ(裁定機会がない)」だけから証券価格を導き出します。 その主役が状態価格リスク中立確率。この考え方が後のデリバティブ評価(第 7 章)の土台になります。 KKT の投資理論では、毎年のように計算問題が出る重要分野です。

🎯 この章でマスターしておきたいこと

📚 本章の流れ

  1. 3 状態モデルで考える ― 「未来のシナリオ」を数式化
  2. 状態価格を連立方程式で求める
  3. 状態価格で証券価格を組み立てる(オプション・社債)
  4. 先物とキャリー公式
  5. 状態価格の存在定理(ノー・フリーランチ)
  6. リスク中立確率とリスク中立割引公式
  7. リスク調整割引公式との対比
  8. 要点まとめ
  9. 演習

1. 3 状態モデルで考える ― 「未来のシナリオ」を数式化

いきなり難しい理論に入る前に、簡単な例で肩慣らしをしましょう。

1 年後の経済シナリオを、次の 3 通りで考えます:

3状態モデルのツリー図
図 5-1 今日 (t=0) から 1 年後 (t=1) の 3 つの状態。株式 A のペイオフが状態ごとに決まっています。

本章で一貫して使う設定です:

本章の設定
今日 $t=0$ の市場価格:
国債の 1 年後ペイオフが全ての状態で 1 円なのは、安全資産(リスクフリー)だからです。 価格 0.95 円で買って 1 年後に 1 円もらえる ⇒ リスクフリー・レート $r_f = 1/0.95 - 1 \approx 5.26\%$ と読み取れます。

2. 状態価格を連立方程式で求める

ここで登場するのが状態価格というアイデアです。

状態価格の定義 状態 $s$ が起きたときだけ 1 円をもらえる「架空の証券」の現在価値を、 状態 $s$ の状態価格と呼び、$q_s$ で表します。

好況・平常・不況の状態価格を $(q_1, q_2, q_3)$ とすると、各証券の価格は次のように「状態価格とペイオフの内積」で表現できるはずです:

国債の価格:$q_1 + q_2 + q_3 = 0.95$
株式 A の価格:$12q_1 + 6q_2 + 0\cdot q_3 = 6.0$
株式 B の価格:$10q_1 + 5q_2 + 2q_3 = 5.5$
これ、中身はただの連立 1 次方程式です。未知数 3 つ ($q_1, q_2, q_3$)、式 3 本。大丈夫、解けます!

2.1 解いてみましょう

ステップ 1:2 番目の式から $12q_1 + 6q_2 = 6.0$、両辺を 6 で割って $$2q_1 + q_2 = 1.0\quad \Rightarrow\quad q_2 = 1 - 2q_1$$ ステップ 2:これを 3 番目の式に代入 $$10q_1 + 5(1 - 2q_1) + 2q_3 = 5.5$$ $$10q_1 + 5 - 10q_1 + 2q_3 = 5.5\quad \Rightarrow\quad 2q_3 = 0.5\quad \Rightarrow\quad q_3 = 0.25$$ ステップ 3:1 番目の式 $q_1 + q_2 + q_3 = 0.95$ に $q_2 = 1 - 2q_1,\ q_3 = 0.25$ を代入 $$q_1 + (1 - 2q_1) + 0.25 = 0.95\quad \Rightarrow\quad -q_1 = -0.30\quad \Rightarrow\quad q_1 = 0.30$$ $q_2 = 1 - 0.6 = 0.40$。まとめると: $$(q_1, q_2, q_3) = \mathbf{(0.30,\ 0.40,\ 0.25)}$$
状態価格とリスク中立確率
図 5-2 左は状態価格 $q_s$、右は次節で登場するリスク中立確率 $q^*_s$。

2.2 状態価格の意味

状態価格 $q_1 = 0.30$ の意味:
「好況が起きたときに 1 円もらえる、それ以外は 0 円」という架空の保険のようなものが、今日 0.30 円で買える
同じように $q_3 = 0.25$ なら、不況 1 円保険が今 0.25 円。
実はこの「状態価格証券」は、ノーベル経済学賞のアロー・ドブリューが考案したもので、アロー・ドブリュー証券とも呼ばれます。 現実の市場にはそのままの形で売ってないんですが、「あらゆる証券はアロー・ドブリュー証券の組み合わせ」と見ることで、価格理論が一気に見通しよくなるんですね。

3. 状態価格で証券価格を組み立てる

状態価格が分かれば、どんな新しい証券でも価格を計算できる。これが状態価格アプローチの威力です。

証券価格の基本公式 状態 $s$ で $D_s$ 円のキャッシュフローを生む証券の今日の価格: $$p_0 = \sum_{s=1}^m q_s\,D_s$$

3.1 株式 A を「状態ごとの寄与」に分解

株式Aの価格分解
図 5-3 株式 A の価格 6.0 円は、3 つの状態の寄与額(3.6 + 2.4 + 0 = 6.0)の合計です。

3.2 コール・オプションの価格

株式 A を原資産とする、権利行使価格 $K = 5$ 円のヨーロピアン・コールオプションを考えます。満期 (1 年後) に株価が $K$ を超えたら権利行使して利益 $\max(S_T - K, 0)$ を得る、というものです。

満期ペイオフの計算
状態株価 $D_s$コールのペイオフ $\max(D_s - 5, 0)$
好況 S112$\max(12-5, 0) = 7$
平常 S26$\max(6-5, 0) = 1$
不況 S30$\max(0-5, 0) = 0$

今日のコール価格: $$C = 0.30 \times 7 + 0.40 \times 1 + 0.25 \times 0 = 2.1 + 0.4 + 0 = \mathbf{2.5\ \text{円}}$$

3.3 プット・オプションの価格

同じ株式 A の権利行使価格 $K = 5$ 円のプット・オプションは、株価が $K$ より下がったら利益 $\max(K - S_T, 0)$ を得る保険のような商品です。

ペイオフは $(\max(5-12, 0), \max(5-6, 0), \max(5-0, 0)) = (0, 0, 5)$。 $$P = 0.30 \times 0 + 0.40 \times 0 + 0.25 \times 5 = \mathbf{1.25\ \text{円}}$$
オプション価値と権利行使価格
図 5-4 権利行使価格 $K$ を動かしたときのコール/プット価値。$K=5$ の点が本文の例題。

3.4 社債(デフォルトする債券)の価格

仮に、「不況 S3 になったらデフォルト(支払不能)」という社債 $C$ を考えましょう。ペイオフは $(1, 1, 0)$。

$$p_C = 0.30 \times 1 + 0.40 \times 1 + 0.25 \times 0 = \mathbf{0.70\ \text{円}}$$ 国債の 0.95 円と比べると、デフォルト・リスクの分だけ 0.25 円も割安に価格付けされていることが分かります。

4. 先物とキャリー公式

4.1 既存の先物契約の時価評価

すでに過去に、「1 年後に株式 A を受渡価格 $K = 6$ 円で買う」という先物契約のロングサイドを持っているとします。この契約の今日の価値はいくら?

満期日のキャッシュフローは「株をもらって $K$ 円払う」ので、 $$D_s = S_T^{(s)} - K = (12 - 6,\ 6 - 6,\ 0 - 6) = (6,\ 0,\ -6)$$ 今日の価値: $$F = 0.30 \times 6 + 0.40 \times 0 + 0.25 \times (-6) = 1.8 + 0 - 1.5 = \mathbf{0.30\ \text{円}}$$

4.2 新規に結ぶ先物の受渡価格 ― キャリー公式

いま新しく先物を結ぶ場合、双方にとって契約価値がゼロになる受渡価格を市場は探します。これを市場フォワード価格 $F^*$ と呼びます。 先ほどの式で $F = 0$ となる $K$ を解けば求まります。

先物のキャリー公式(超重要) 配当なしの場合: $$F^* = S_0 \times (1 + r_f)^T$$ 「今日の現物価格に、満期までの金利を上乗せ」した値。
本章の株式 A:$S_0 = 6.0$、$r_f = 1/0.95 - 1 \approx 5.26\%$、$T=1$ 年。 $$F^* = 6.0 \times \frac{1}{0.95} \approx \mathbf{6.32\ \text{円}}$$
キャリー公式のすごいところは、株価の確率モデル(分布や状態価格)を何も知らなくても成立すること。 「今日 6.0 円で株を買っておけば、1 年後に 6.0/0.95 ≈ 6.32 円の価値」という単純な金利の裁定論だけで決まるんです。 次章の BS 公式も、プット・コール・パリティがモデルに依らず成立するのはこれと同じ理屈です。

5. 状態価格の存在定理(ノー・フリーランチ)

ここで抽象理論に一歩入ります。でも難しくないので、怖がらずに。

ノー・フリーランチ(無裁定)の定義 今日の投資ゼロで、将来のどの状態でもキャッシュフロー非負・少なくとも 1 状態で正、 そんな「タダ飯」戦略は存在しない。
状態価格の存在定理(中心定理) 市場がノー・フリーランチであるための必要十分条件は、すべての状態価格 $q_s$ が正の値として存在して、 $$p_i = \sum_{s=1}^m q_s\,D_{i,s}\qquad (i = 1, 2, \ldots, n)$$ を満たすこと。
逆から読むと:もし「状態価格が存在しない」または「どれかの $q_s \lt 0$」なら、市場に裁定機会がある。 たとえば $q_3$ が負になっていたら、「不況 S3 で 1 円もらえる証券を『ただ同然』で売って、その瞬間に利益を確定」という戦略が組めてしまう。 ノー・フリーランチの市場ではこれが起きないから、$q_s \gt 0$ が保証されるわけです。

6. リスク中立確率とリスク中立割引公式

6.1 リスク中立確率の定義

状態価格の合計 $\sum_s q_s = 0.95$ は「安全資産の価格」でした。これを使って正規化すると、

リスク中立確率 $$q_s^* = (1 + r_f)\,q_s = \frac{q_s}{\sum_{s'} q_{s'}}$$ 性質:$\sum_s q_s^* = 1$、$q_s^* \gt 0$。確率の公理を満たすので「確率」と見なせる。
本章の設定で: $$q_s^* = \frac{q_s}{0.95}$$ $(q_1^*, q_2^*, q_3^*) = (0.30/0.95,\ 0.40/0.95,\ 0.25/0.95) \approx \mathbf{(0.316,\ 0.421,\ 0.263)}$$ 合計:$0.316 + 0.421 + 0.263 \approx 1.000$ ✓

6.2 リスク中立割引公式

リスク中立割引公式(超重要) $$p_0 = \frac{1}{1 + r_f}\,E^*\bigl[D_1\bigr]$$ ただし $E^*[\cdot]$ はリスク中立確率 $q^*$ のもとでの期待値: $$E^*[D_1] = \sum_s q_s^*\,D_s$$
この公式の読みどころ(試験に出る):

6.3 検算 ― 株式 A の価格を再計算

リスク中立確率 $(0.316, 0.421, 0.263)$ を使って株式 A の価格を求めます。 $$E^*[D_A] = 0.316 \times 12 + 0.421 \times 6 + 0.263 \times 0 \approx 3.79 + 2.53 = 6.32$$ $$p_A = \frac{1}{1 + r_f}\,E^*[D_A] = 0.95 \times 6.32 = \mathbf{6.0}\ \text{円}\ \checkmark$$ ちゃんと当初の 6.0 円と一致しました!

6.4 リスク中立確率は「市場の神様の目線」

実確率とリスク中立確率の対比
図 5-5 投資家の実確率(青)と、市場に織り込まれたリスク中立確率(オレンジ)の差。
リスク中立確率 $q^*$ は、実際に状態が起きる確率ではありません。仮に投資家が $p = (0.35, 0.45, 0.20)$ と予想していても、市場の $q^*$ はそれと違う重みになることが多いです。 特に図 5-5 のように、不況 S3 の $q_3^*$ が実確率 $p_3$ より大きいのが典型的。「悪いシナリオへの備え=リスクプレミアム」が、確率の増し重みとして反映されているんですね。

7. リスク調整割引公式との対比

リスクニュートラル割引公式と対になる、もう一つの伝統的なバリュエーション公式も見ておきましょう。

リスク調整割引公式(伝統的) $$p_0 = \frac{E[D_1]}{1 + r_f + \lambda}$$ $E[\cdot]$ は実際の確率での期待値、$\lambda$ は証券固有のリスクプレミアム
実確率を $p = (0.35, 0.45, 0.20)$ と仮定して、株式 A のリスクプレミアムを逆算してみます: $$E[D_A] = 0.35 \times 12 + 0.45 \times 6 + 0.20 \times 0 = 4.2 + 2.7 = 6.9$$ $$p_A = 6.0 = \frac{6.9}{1 + r_f + \lambda_A}$$ $$1 + r_f + \lambda_A = \frac{6.9}{6.0} = 1.15$$ $$\lambda_A \approx 1.15 - 1.0526 \approx \mathbf{9.7\%}$$ 株式 A は、リスクフリー 5.26% に加えて約 9.7% のリスクプレミアムを投資家に支払っている、ということになります。
リスク調整割引公式リスク中立割引公式
割引率$r_f + \lambda$(証券ごと違う)$r_f$(全証券共通)
期待値実確率 $p_s$リスク中立確率 $q_s^*$
使いやすさ$\lambda$ 推定が難しい$q^*$ はマーケットから観測可
デリバティブ評価難しい◎(第 7 章で威力発揮)

💡 第 5 章 要点まとめ

✍️ 演習(クリックで解答表示)

問 1 2 状態モデル(好況 S1、不況 S2)。今日の市場:国債価格 0.96 円(ペイオフ両状態 1 円)、株式 X 価格 4.0 円(ペイオフ 6, 2)。状態価格 $(q_1, q_2)$ と $r_f$ を求めてください。

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連立方程式:$q_1 + q_2 = 0.96$、$6q_1 + 2q_2 = 4.0$

2番目の式から $3q_1 + q_2 = 2.0$、1番目との差 $(3q_1 + q_2) - (q_1 + q_2) = 2q_1 = 2.0 - 0.96 = 1.04$

$q_1 = 0.52$、$q_2 = 0.96 - 0.52 = \mathbf{0.44}$

$r_f = 1/0.96 - 1 \approx \mathbf{4.17\%}$

問 2 状態価格 $(q_1, q_2, q_3) = (0.20, 0.30, 0.40)$ のとき、リスクフリー・レート $r_f$ とリスク中立確率 $(q_1^*, q_2^*, q_3^*)$ を求めてください。

解答を見る

合計 $\sum q_s = 0.90$ なので $1 + r_f = 1/0.90 \approx 1.111$、$r_f \approx \mathbf{11.11\%}$

$q_s^* = q_s \times 1.111 = q_s / 0.90$

$q^* \approx (0.222,\ 0.333,\ \mathbf{0.444})$ 合計 $\approx 1.000\ \checkmark$

問 3 3 状態モデルで状態価格 $(0.25, 0.35, 0.30)$、ある証券のペイオフ $(10, 4, 0)$ のとき、この証券の今日の価格は?

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$p_0 = 0.25 \times 10 + 0.35 \times 4 + 0.30 \times 0 = 2.5 + 1.4 + 0 = \mathbf{3.9\ \text{円}}$

問 4 $r_f = 3\%$、株価 $S_0 = 100$ 円、満期 $T = 2$ 年のとき、配当なし株のキャリー公式による理論先物価格は?

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$F^* = S_0 (1+r_f)^T = 100 \times 1.03^2 = 100 \times 1.0609 = \mathbf{106.09\ \text{円}}$

問 5 本章の設定(株 A 価格 6.0 円、コール K=5 価格 2.5 円、プット K=5 価格 1.25 円、$r_f \approx 5.26\%$)で、次の式が成立することを確認してください: $$C - P = S_0 - \frac{K}{1 + r_f}$$ (これはプット・コール・パリティと呼ばれる関係で、次章 Ch7 で詳しく扱います。)

解答を見る

左辺:$C - P = 2.5 - 1.25 = \mathbf{1.25}$

右辺:$S_0 - K/(1+r_f) = 6.0 - 5/1.0526 \approx 6.0 - 4.75 = \mathbf{1.25}$ ✓

両辺が一致。これは任意の確率モデルで成立する裁定関係です。

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