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投資理論[理論編] ― 第7章
デリバティブの評価理論 ― 二項モデルからブラック・ショールズへ
「ノー・フリーランチ」と「複製ポートフォリオ」、この 2 つの考え方だけで、あらゆるオプションの値段が決まる。
理論編もいよいよ最終章、第 7 章へようこそ!皆さんは、ニュースで「日経 225 のコール・オプション」や「外貨建て仕組債」という言葉を耳にしたことがあるかもしれませんね。
これらはデリバティブ(派生商品)と呼ばれる商品で、株や債券といった原資産の価格変動から派生する形で価値が決まります。
本章では、1973 年のブラック・ショールズ(BS)公式を頂点とするオプション評価理論を、
第 5 章で学んだリスク中立化法と、この章で新しく学ぶ複製ポートフォリオ法の 2 本立てでじっくり解説していきます。
KKT 投資理論では、オプション評価・グリークス・デリバティブ戦略は毎年のように計算問題で問われる最重要分野です。気を引き締めていきましょう!
🎯 この章でマスターしておきたいこと
- 二項モデルのリスク中立確率 $q=\dfrac{1+r-d}{u-d}$ と、バックワード計算
- 動的複製によるデルタ $\Delta=\dfrac{C_u-C_d}{(u-d)S}$
- ブラック・ショールズ公式の記号と意味($d_1,\ d_2,\ N(\cdot)$)
- プット・コール・パリティ $P=C-S_0+K/(1+r_f)^T$
- グリークス($\Delta,\ \Gamma,\ \mathcal{V},\ \Theta,\ \rho$)の符号と使い方
- 先物のキャリー公式 $F^\ast=S_0(1+r_f)^T$(第 5 章との接続)
- アメリカン・オプションの早期行使判断
1. 二項モデル ― リスク中立化法でオプションを解く
第 5 章では「3 状態モデル」で状態価格を学びましたね。本章では時点が複数ある、より現実的なモデルに進みます。その土台になるのが二項モデル(Binomial Model)です。
1.1 なぜ「二項」なのか
株価が将来どう動くか。もちろん実際には無数の動き方がありえます。でも、いきなり連続時間・連続分布を扱うのは大変なので、「1 ステップで上か下か、2 通りだけ」と極端にシンプル化します。これが二項モデルです。
「2 通りだけじゃ現実を捉えられないのでは?」と思いますよね。ところが、ステップの刻み幅を細かくしていくと、驚くほど連続モデル(BS 公式)に近づくんです。後で §5 で見ますが、二項モデルは BS 公式を「数学を剥いで骨格だけ残したミニチュア版」だと思ってください。KKT 試験でも、二項モデルでの具体計算は毎年のように問われる定番テーマです。
1.2 本章の設定 ― 2 期間二項モデル
本章を通じて、次の独自設定で話を進めます。
図 7-1 2 期間二項モデルの株価ツリー。各枝の上に「リスク中立確率 $q$」を書き入れてあります(次節で求めます)。
2 期後の株価は 3 通り:
- 2 回上昇 (uu):$100 \times 1.2 \times 1.2 = 144$ 円
- 上下 1 回ずつ (ud=du):$100 \times 1.2 \times 0.8 = 96$ 円
- 2 回下落 (dd):$100 \times 0.8 \times 0.8 = 64$ 円
1.3 リスク中立確率を求める(試験で出題される公式)
第 5 章で学んだリスク中立割引公式、覚えていますか?「期待値を、リスクフリー・レートで割り引くだけで価格が求まる」という魔法の式でしたね。
ただしこのときの期待値は、真の確率ではなくリスク中立確率 $q$ のもとでとる必要がありました。
二項モデルでの $q$ は、株価自身をリスク中立公式で割り引いたら株価そのものに戻るという条件から導かれます。1 期目 ($t=0 \to t=1$) で書いてみましょう:
$$S_0 = \frac{1}{1+r}\bigl[q \cdot u S_0 + (1-q) \cdot d S_0\bigr]$$
両辺を $S_0$ で割って整理:
$$1+r = q u + (1-q) d$$
$$\Rightarrow\quad q = \frac{1+r-d}{u-d}$$
1 期間のリスク中立確率(試験で出題される公式)
$$\boxed{\;q = \frac{1+r-d}{u-d}\;}$$
本章の設定値を代入:
$$q = \frac{1+0.04-0.8}{1.2-0.8} = \frac{0.24}{0.40} = 0.6$$
上昇リスク中立確率は $\mathbf{q = 0.6}$、下落は $1-q = 0.4$。
ここで「えっ、株価が上がる確率って本当に 60%なんですか?」という声が聞こえてきそうですね。違います! $q=0.6$ はあくまで、裁定がない状態と整合する「市場に織り込まれた」重みであって、投資家の予想する真の確率ではありません。この違いは後でじっくり強調します。
1.4 オプション価格をバックワードに求める
それでは、この二項モデル上で、権利行使価格 $K=100$ のヨーロピアン・コール・オプションを評価してみましょう。満期 $t=2$ にのみ行使でき、ペイオフは $\max(S_T - 100,\ 0)$ です。
ステップ 1:満期ペイオフ
| 状態 | $S_T$ | ペイオフ $\max(S_T - 100, 0)$ |
| uu | 144 | $\mathbf{44}$ |
| ud=du | 96 | $0$ |
| dd | 64 | $0$ |
ステップ 2:$t=1$ に戻す(リスク中立割引)
$t=1$ で株価が上昇中 ($S=120$) のノード:
$$C_u = \frac{1}{1.04}\bigl[0.6 \times 44 + 0.4 \times 0\bigr] = \frac{26.4}{1.04} \approx 25.38\ \text{円}$$
$t=1$ で株価が下落中 ($S=80$) のノード:
$$C_d = \frac{1}{1.04}\bigl[0.6 \times 0 + 0.4 \times 0\bigr] = 0\ \text{円}$$
ステップ 3:もう 1 期戻して $t=0$ へ
$$C_0 = \frac{1}{1.04}\bigl[0.6 \times 25.38 + 0.4 \times 0\bigr] \approx \frac{15.23}{1.04} \approx \mathbf{14.64\ \text{円}}$$
図 7-2 満期ペイオフから右 → 左に 1 期ずつ割り引くと、今日のコール価格が $14.64$ 円と求まります。
リスク中立化法(バックワード)の手順:
- 満期ペイオフを木の右端に書き込む。
- 1 つ左のノードで $\dfrac{1}{1+r}[qC_u+(1-q)C_d]$ を計算。
- 根 ($t=0$) にたどり着くまで ②を繰り返す。
繰り返しの注意:ここで使っている $q = 0.6$ はリスク中立確率であって、株価が上がる実確率ではありません。投資家が「この会社は将来伸びるから上昇確率 80% だ」と予想したとしても、オプション価格はその予想に依存しません。これが BS モデル系の客観性を支える性質で、試験でも「オプション価格は投資家の期待リターンに依存するか?」という形でよく問われます。
2. オプションの複製 ― 動的複製と静的複製
ここからはもう一つのアプローチ、複製ポートフォリオ法を学びます。
「オプションと同じペイオフを、株と債券で作れるなら、その製造コストが理論価格」という発想です。
2.1 1 期の複製ポートフォリオ
今日の株価 $S$、1 期後に $uS$ か $dS$。1 期後のコール価値を $C_u,\ C_d$ とします。
株 $\Delta$ 単位+リスクフリー資産 $B$ 円のポートフォリオで、1 期後のペイオフを一致させる式:
$$\Delta \cdot uS + (1+r)B = C_u$$
$$\Delta \cdot dS + (1+r)B = C_d$$
これを $\Delta$ と $B$ について連立させて解くと:
$$\boxed{\;\Delta = \frac{C_u - C_d}{(u-d)S},\qquad B = \frac{u C_d - d C_u}{(1+r)(u-d)}\;}$$
そして、今日作ったポートフォリオの価値 $\Delta S + B$ がオプションの理論価格 $C$になります。
2.2 数値例(本章設定の 1 期目で)
$t=0 \to t=1$ の 1 期だけ取り出して、$K=100$ のコールを 1 期で複製する例を見てみましょう。$t=1$ でのコール価値は上側 $C_u=25.38$、下側 $C_d=0$(前節の計算)。
$$\Delta = \frac{25.38 - 0}{(1.2-0.8) \times 100} = \frac{25.38}{40} \approx \mathbf{0.6345}$$
$$B = \frac{1.2 \times 0 - 0.8 \times 25.38}{1.04 \times 0.4} = \frac{-20.308}{0.416} \approx \mathbf{-48.82}$$
複製ポートフォリオ=株を 0.6345 単位買い、48.82 円借り入れ。
検算:今日の価値 $= 0.6345 \times 100 - 48.82 = 63.45 - 48.82 = \mathbf{14.63} \approx C_0$ ✓
$B$ が負なのは、リスクフリー金利で「お金を借りている」という意味です。コール・オプションは株にレバレッジを掛けた形なので、複製するときも借入が必要になるんですね。逆にプットなら $\Delta \lt 0$(空売り)で $B \gt 0$(貸出)になります。
2.3 動的複製と静的複製
ここで重要な概念の区別。
静的複製(static hedge):今日組んだポートフォリオを、満期までそのまま放置して OK。
動的複製(dynamic hedge):株価が動くたびに、$\Delta$ と $B$ を更新し続ける必要がある。
フォワード契約(§3 で扱う)は静的複製が可能ですが、オプションは動的複製です。なぜでしょうか。
オプションが静的複製できない理由:満期ペイオフ $\max(S_T-K,\ 0)$ が $S_T$ の非線形関数だから。
線形(1 次)関数なら「株 $a$ 単位+債券 $b$ 円」で完璧に再現できますが、$\max$ 関数は株が $K$ を跨ぐところで折れ曲がるため、株価の動きに合わせて $\Delta$ を付け替える必要があるのです。
実務のデルタヘッジは、まさにこの動的複製を毎日(あるいは分単位で)やり続ける操作です。大手投資銀行のオプションデスクでは、売ったオプション 1 つ 1 つにデルタヘッジ担当が張り付いていたりします。$\Delta$ の更新頻度が低いとヘッジ誤差(後述のガンマ・リスク)が出るんですね。
3. フォワード契約の評価とキャリー公式
オプションに比べるとシンプルなデリバティブ、フォワード契約(先物)を整理しておきましょう。満期日に「あらかじめ決めた受渡価格 $K$ で、原資産を売買する」契約ですね。
3.1 既存フォワードの時価評価
今日すでに、「$T$ 年後に株を受渡価格 $K$ で買う」フォワードのロングを保有しているとしましょう。その今日の価値は:
既存フォワード・ロングの今日の価値
$$F_{\text{long}} = S_0 - \frac{K}{(1+r_f)^T}$$
ショートはその符号反転:$F_{\text{short}} = \dfrac{K}{(1+r_f)^T} - S_0$。
導出はシンプルです。満期日のペイオフ $S_T - K$ のうち、$S_T$ は今日の株価 $S_0$ 円で現物を買って持ち続ければ再現できます。残り $-K$ は割引現在価値 $K/(1+r_f)^T$ を借りておく(=リスクフリー資産のショート)で再現。これは完全な静的複製ですね。
3.2 新規フォワードの市場価格 ― キャリー公式
新規にフォワード契約を結ぶときは、双方にとって契約価値ゼロとなる受渡価格 $K^\ast$ を市場が決めます。上の式で $F_{\text{long}}=0$ とすれば:
先物のキャリー公式(超重要・モデル非依存)
$$\boxed{\;F^\ast = S_0 \,(1+r_f)^T\;}$$
(配当なしの場合)
計算例 $S_0=100$ 円、$r_f=4\%$、$T=2$ 年。
$$F^\ast = 100 \times 1.04^2 = 100 \times 1.0816 = \mathbf{108.16\ \text{円}}$$
キャリー公式の一番の特徴は、株価のボラティリティ $\sigma$ も、確率分布も、一切使わないことです。「今日 100 円で株を買って、借りたお金の金利を払い続けると、2 年後のコストは $108.16$ 円。そうしないと裁定が起きる」という金利の裁定論だけで決まる。これがモデルに依存しない公式の典型で、次節で見るプット・コール・パリティも仲間です。試験では「キャリー公式はリスクプレミアムに依存しますか?」→「しません」が定番の引っかけ問題ですよ。
4. リスク中立化法と複製法は同じ答えを出す
前節までに、オプション価格を出す 2 つの方法を見てきました:
- リスク中立化法:期待値をリスク中立確率で取って、$r$ で割り引く。
- 複製法:株と債券で複製し、そのコストを求める。
これ、どうして同じ答えになるんでしょう? 1 期モデルで代数的に確認してみましょう。
複製法の結果:$C = \Delta S + B$ に §2 の公式を代入:
$$C = \frac{C_u - C_d}{u-d} + \frac{uC_d - dC_u}{(1+r)(u-d)}$$
第 1 項の分母を揃えて:
$$C = \frac{1}{(1+r)(u-d)}\bigl[(1+r)(C_u - C_d) + uC_d - dC_u\bigr]$$
分子を整理($C_u,\ C_d$ で括る):
$$\begin{aligned}
\text{分子} &= (1+r)C_u - (1+r)C_d + uC_d - dC_u \\
&= (1+r-d)C_u + (u - 1 - r)C_d \\
&= (1+r-d)C_u + \bigl(u-d-(1+r-d)\bigr)C_d \\
&= (1+r-d)C_u + (u-d)C_d - (1+r-d)C_d
\end{aligned}$$
$(u-d)$ で割ると、$q = (1+r-d)/(u-d)$ を使って:
$$C = \frac{1}{1+r}\bigl[q\,C_u + (1-q)\,C_d\bigr]$$
これはリスク中立化法の式そのもの!
リスク中立化法 = 複製法。多期間でも、1 期ずつ同じ作業を繰り返せば両者は完全に一致します。
- リスク中立化法は計算が楽(期待値 1 本で済む)
- 複製法はヘッジ戦略がそのまま出てくる(実務で即使える $\Delta,\ B$)
場面によって使い分けるのがコツです。
この同値性は、「価格とは再現コスト」であり、「価格とは期待値の割引」でもある、という金融工学の 2 大直感が、裁定原理ひとつで結びつくことを意味しています。実はこれ、もっと一般的には「測度変換定理」「マルチンゲール表現定理」という深い数学につながっているんですが、KKT 試験レベルでは「2 つの方法はいつも同じ答え」と押さえておけば十分です。
5. ブラック・ショールズ公式
さあ、いよいよ本章の山場、ブラック・ショールズ(BS)公式です。1973 年にブラック、ショールズ、マートンによって発表され、金融工学の幕開けを告げた式。マートンとショールズはこの業績で1997 年ノーベル経済学賞を受賞しました(ブラックは 1995 年に逝去)。
5.1 公式の形
ブラック・ショールズ公式(配当なし、ヨーロピアン)
$$C(S_0,K,\sigma,r_f,T) = S_0\,N(d_1) - \frac{K}{(1+r_f)^T}\,N(d_2)$$
$$P(S_0,K,\sigma,r_f,T) = \frac{K}{(1+r_f)^T}\,N(-d_2) - S_0\,N(-d_1)$$
$$d_1 = \frac{\ln\!\bigl(S_0\bigl/\bigl(K(1+r_f)^{-T}\bigr)\bigr)}{\sigma\sqrt{T}} + \tfrac{1}{2}\sigma\sqrt{T},\qquad d_2 = d_1 - \sigma\sqrt{T}$$
パラメータは 5 つだけ:
| 記号 | 意味 | 観測可能? |
| $S_0$ | 今日の原資産価格 | ○ 市場で直接観測 |
| $K$ | 権利行使価格 | ○ 契約条件で既知 |
| $\sigma$ | 原資産のボラティリティ(対数リターンの標準偏差、年率) | △ 観測困難(次節 IV) |
| $r_f$ | リスクフリー・レート | ○ 国債等から推計 |
| $T$ | 満期までの年数 | ○ 契約条件で既知 |
$N(\cdot)$ は標準正規分布の累積分布関数で、$N(0)=0.5$、$N(1.96)\approx 0.975$ といった値は試験でもよく出てきますね。
5.2 $d_1,\ d_2$ の直感的意味
- $N(d_2)$:リスク中立確率のもとでの「満期に行使される確率」。
- $N(d_1)$:行使された場合の株の寄与(ウェイトつき)。BS モデルでのコールのデルタでもあります。
- $K(1+r_f)^{-T}$:権利行使価格を今日に割り引いた「行使コストの現在価値」。
式を書き換えると、コールの構造がよりはっきり見えます:
$$C = \underbrace{S_0\,N(d_1)}_{\text{行使時に受け取る株の期待現在価値}} \;-\; \underbrace{K(1+r_f)^{-T}\,N(d_2)}_{\text{行使時に払う $K$ の期待現在価値}}$$
5.3 数値例(独自設定)
原資産 ETF が $S_0=100$ 円、ボラティリティ $\sigma=25\%$、リスクフリー・レート $r_f=4\%$、満期 $T=0.5$ 年、権利行使価格 $K=100$ のヨーロピアン・コール/プットを計算してみましょう。
$K(1+r_f)^{-T} = 100 \times 1.04^{-0.5} \approx 100 / 1.01980 \approx 98.058$
$\sigma\sqrt{T} = 0.25 \times \sqrt{0.5} \approx 0.17678$
$$d_1 = \frac{\ln(100/98.058)}{0.17678} + \tfrac{1}{2}\times 0.17678 = \frac{0.019610}{0.17678} + 0.08839 \approx 0.1109 + 0.0884 = \mathbf{0.1993}$$
$$d_2 = d_1 - 0.17678 \approx \mathbf{0.0225}$$
$N(d_1) \approx 0.5790,\ N(d_2) \approx 0.5090$
コール価格:
$$C = 100 \times 0.5790 - 98.058 \times 0.5090 \approx 57.90 - 49.91 \approx \mathbf{7.99\ \text{円}}$$
プット価格(パリティまたは直接計算):
$$P = 98.058 \times (1-0.5090) - 100 \times (1-0.5790) = 98.058 \times 0.4910 - 100 \times 0.4210 \approx 48.15 - 42.10 \approx \mathbf{6.05\ \text{円}}$$
図 7-3 BS 公式によるコール/プットの価値曲線($K=100,\ r=4\%,\ T=0.5$ 年)。ボラティリティ $\sigma$ が大きいほど、オプションの価値は上振れします(オレンジ→赤)。
5.4 BS 公式と二項モデルの関係
BS 公式は、二項モデルの
ステップ幅を無限に細かくした極限として導かれます。ステップ数 $n \to \infty$、刻み $\Delta t = T/n \to 0$、そして $u = e^{\sigma\sqrt{\Delta t}},\ d = e^{-\sigma\sqrt{\Delta t}}$ と取ると、株価の対数リターンが正規分布に収束し、ド・モアブル=ラプラスの定理により BS 公式が現れます。
つまり、二項モデルで手計算できる「バックワード」の考え方を、そのまま連続時間に持ち込んだのが BS 公式だと言えます。
テイラー展開と確率微分方程式を使った厳密導出は大学院レベルですが、試験では「BS 公式は二項モデルの連続極限」という関係性を押さえておけば十分です。
BS 公式の仮定:(1) 原資産は対数正規分布に従う、(2) 金利とボラティリティは一定、(3) 取引コストなし、(4) 配当なし、(5) 連続取引可能。実市場ではどれも厳密には成立しませんが、それでも BS 公式は市場参加者共通の「言語」として今なお使われています。
6. プット・コール・パリティ
同じ原資産・同じ満期・同じ権利行使価格のヨーロピアン・コールとプットの間には、モデル非依存の裁定関係が成立します。
プット・コール・パリティ(試験で出題される)
$$\boxed{\;P = C - S_0 + \frac{K}{(1+r_f)^T}\;}$$
変形版:
$$C = P + S_0 - \frac{K}{(1+r_f)^T}$$
$$C - P = S_0 - \frac{K}{(1+r_f)^T}$$
6.1 直感的な理解(静的複製による証明)
次の 2 つのポートフォリオを比べてみましょう。
| ポートフォリオ | 構成 | 満期 $t=T$ の価値 ($S_T \geq K$ のとき) | 満期 $t=T$ の価値 ($S_T \lt K$ のとき) |
| A | コール買い + リスクフリー $K(1+r_f)^{-T}$ 円貸出 | $(S_T - K) + K = S_T$ | $0 + K = K$ |
| B | プット買い + 株 1 単位買い | $0 + S_T = S_T$ | $(K - S_T) + S_T = K$ |
満期価値がどの状態でも一致。したがって今日の価値も一致しなければ裁定機会が発生します:
$$C + \frac{K}{(1+r_f)^T} = P + S_0$$
左辺と右辺を入れ替えて $P$ について解けば、パリティ公式完成です。
6.2 パリティが成り立つかの数値チェック
§5.3 の計算結果で確認してみましょう。$S_0=100,\ K=100,\ r_f=4\%,\ T=0.5$。
左辺:$C - P = 7.99 - 6.05 = \mathbf{1.94}$
右辺:$S_0 - K(1+r_f)^{-T} = 100 - 98.058 = \mathbf{1.94}$ ✓
見事にパリティ一致!
図 7-5 プット・コール・パリティ。BS 公式で独立に計算した $C-P$(紫の実線)と、直線 $S_0 - K(1+r_f)^{-T}$(オレンジ破線)が完全に重なるのが見どころです。
プット・コール・パリティはBS 公式のみならず、どの確率モデル(二項、Heston、SABR…)でも成立します。理由は、静的複製だけで証明できるから。逆に言えば、市場で観測される $C,\ P,\ S_0,\ K/(1+r_f)^T$ の間でパリティが崩れていたら、それは裁定機会の兆候で、実際に高頻度取引(HFT)ではこの歪みを 1 秒以内に埋める戦略が組まれているんです。
7. グリークスとインプライド・ボラティリティ
BS 公式を各パラメータで偏微分した各種感応度を、ギリシャ文字で表すためグリークスと呼びます。実務のリスク管理で必須です。
7.1 グリークスの一覧表
| 記号 | 名前 | 定義 | コール | プット |
| $\Delta$ | デルタ | $\dfrac{\partial V}{\partial S_0}$ | $N(d_1)\in(0,1)$ | $N(d_1)-1\in(-1,0)$ |
| $\Gamma$ | ガンマ | $\dfrac{\partial^2 V}{\partial S_0^2}$ | 正、ATM で最大 | 正(コールと同値) |
| $\mathcal{V}$ | ベガ | $\dfrac{\partial V}{\partial \sigma}$ | 常に正 | 常に正(コールと同値) |
| $\Theta$ | セータ | $-\dfrac{\partial V}{\partial T}$ (時間減衰) | 通常は負 | 通常は負(深 ITM プットで正も) |
| $\rho$ | ロー | $\dfrac{\partial V}{\partial r_f}$ | 正 | 負 |
図 7-4 (a) デルタ曲線:コール(緑、0〜1)/プット(赤、−1〜0)。パリティより $\Delta_\text{Put}=\Delta_\text{Call}-1$。(b) ガンマ曲線:ATM($S=K$ 近辺)で最大、コール・プット共通。
7.2 デルタとガンマの関係
パリティから出るデルタ関係
$$\Delta_{\text{Put}} = \Delta_{\text{Call}} - 1$$
パリティ $P = C - S_0 + K(1+r_f)^{-T}$ を $S_0$ で偏微分すると出る関係。試験で出題されるチェックポイント。
ガンマが大きいほど、株価が動いたときのデルタの変化が大きく、デルタヘッジの誤差も大きくなります。実務では大きな価格変動に備えるため、デルタ・ガンマ・ヘッジ(ガンマも中立化する 2 段階ヘッジ)が用いられます。
グリークスはオプションポジションのリスク地図です。たとえばコール売り+株買いでデルタ中立にしても、ガンマは残ります(売りコールの $-\Gamma$ +株の $0$)。するとボラが跳ねた瞬間に大損する、というのが 2020 年 3 月のコロナショック時に多くのヘッジファンドが食らったガンマ・リスクでした。「デルタ中立=安全」ではないんです、皆さん。
7.3 インプライド・ボラティリティ(IV)
BS 公式の 5 パラメータのうち、$\sigma$ だけは市場で直接観測できません。そこで、市場の実際のオプション取引価格から BS 公式を逆算して求めた $\sigma$ をインプライド・ボラティリティ(IV)と呼びます。
IV の使い方:
- IV が高い銘柄ほど、市場は将来の価格変動を大きく織り込んでいる
- 決算や重要イベント前には IV が上昇する傾向(IV クラッシュ:イベント後に急落するので「IV 売り」戦略がある)
- VIX 指数は、S&P 500 指数オプションの IV を指数化したもの(「恐怖指数」)
実市場では、行使価格 $K$ や満期 $T$ によって IV が異なるボラティリティ・スキュー(株式では下方 OTM プットの IV が高い)/スマイル(通貨オプション)が観測されます。これは「株価が対数正規分布」という BS の仮定では説明できない現象で、より精緻な Heston モデル・SABR モデルなどが開発されています。試験でも「BS の前提と実市場の乖離」として問われることがあります。
8. アメリカン・オプションの評価
最後はアメリカン・オプション。満期日だけでなく、満期までのいつでも権利行使できる商品です。ヨーロピアン版より権利の自由度が高いため、価格は同等のヨーロピアン以上になります。
8.1 バックワード計算での判定
二項モデルでは、各ノードで「継続価値(保持)」と「即時行使益」を比較し、大きいほうを採用します。
アメリカン・プットの各ノードでの価値
$$V_s = \max\Bigl(\underbrace{\tfrac{1}{1+r}[q V_{s,u} + (1-q) V_{s,d}]}_{\text{継続価値}},\ \underbrace{K - S_s}_{\text{即時行使益}}\Bigr)$$
8.2 数値例 ― 本章設定でアメリカン・プット
権利行使価格 $K=100$、2 期間二項モデルでのアメリカン・プットを計算してみます。
満期ペイオフ(ヨーロピアンと同じ):$(P_{uu},\ P_{ud},\ P_{dd}) = (0,\ 4,\ 36)$
$t=1$ 上側ノード($S=120$):
- 継続:$(0.6 \times 0 + 0.4 \times 4) / 1.04 = 1.6 / 1.04 \approx 1.54$
- 即時行使:$\max(100-120,\ 0) = 0$
- → 継続(1.54)
$t=1$ 下側ノード($S=80$):
- 継続:$(0.6 \times 4 + 0.4 \times 36) / 1.04 = 16.8 / 1.04 \approx 16.15$
- 即時行使:$100 - 80 = 20$
- → ★早期行使(20.00)
$t=0$:
$$P_0^{\text{Am}} = \frac{0.6 \times 1.54 + 0.4 \times 20}{1.04} = \frac{0.924 + 8.00}{1.04} \approx \mathbf{8.58\ \text{円}}$$
参考:同じ設定のヨーロピアン・プット価格は $\approx 7.10$ 円(全ノードで継続を強制)。
差額 $8.58 - 7.10 = \mathbf{1.48}$ 円が
早期行使プレミアム。
図 7-6 各ノードでのヨーロピアン価値(青)とアメリカン価値(赤)。$S=80$ のノードで早期行使が最適、赤枠で強調しています。
8.3 早期行使に関する一般法則
配当なし株のアメリカン・コール:満期まで保有が最適
→ アメリカン・コール価格 = ヨーロピアン・コール価格(有名な「マートンの定理」)。
直感:コールを早期行使すると、時間価値を捨てることになる上に、行使代金 $K$ を前払いして金利を失う。保有し続けた方が得です。
アメリカン・プット:深く ITM($S$ が $K$ より大きく下)になれば早期行使が有利になる
直感:プットを早期行使すれば $K$ を早く受け取れて金利を稼げる。この効果が残りの時間価値を上回れば早期行使が最適。上の数値例で $S=80$ のノードが典型的なケースです。
配当がある株のアメリカン・コールは配当落ち直前に早期行使が最適になることがあります。配当を取りに行くためです。この論点も、KKT では「アメリカン・オプションと配当の関係」として時々問われます。答えの方向性:「配当ありならコールの早期行使もありえる」。
💡 第 7 章 要点まとめ
- 二項モデルのリスク中立確率:$q=(1+r-d)/(u-d)$。バックワードに 1 期ずつ期待値割引でオプション価格を求める
- 複製ポートフォリオ:$\Delta=(C_u-C_d)/((u-d)S),\ B=(uC_d-dC_u)/((1+r)(u-d))$
- リスク中立化法と複製法は常に同じ価格を出す(計算は前者が楽、ヘッジ戦略は後者で得られる)
- ブラック・ショールズ公式:$C = S_0 N(d_1) - K(1+r_f)^{-T} N(d_2)$。$\sigma$ だけが直接観測できず、市場価格から逆算したのが IV
- プット・コール・パリティ:$P = C - S_0 + K(1+r_f)^{-T}$(モデル非依存、静的複製で導出)
- グリークス:$\Delta,\ \Gamma,\ \mathcal{V},\ \Theta,\ \rho$ の符号と ATM での挙動($\Gamma$ が ATM で最大)
- デルタ関係:$\Delta_\text{Put} = \Delta_\text{Call} - 1$
- 先物のキャリー公式:$F^\ast = S_0 (1+r_f)^T$(モデル非依存、静的複製で導出)
- アメリカン・コール(配当なし)は早期行使しない=ヨーロピアンと同値
- アメリカン・プットは深い ITM で早期行使が有利。二項モデルで各ノードの「継続 vs 行使」判定を組み込む
✍️ 演習(クリックで解答表示)
問 1 1 期二項モデル:$S_0=200$、$u=1.25$、$d=0.90$、$r=5\%$。権利行使価格 $K=210$ のヨーロピアン・コールの価格を求めてください。
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$q = (1+r-d)/(u-d) = (1.05-0.90)/(1.25-0.90) = 0.15/0.35 \approx 0.4286$
$S_u = 250,\ S_d = 180$。ペイオフ:$C_u = \max(250-210,0) = 40,\ C_d = 0$
$$C = \frac{1}{1.05}[0.4286 \times 40 + 0.5714 \times 0] = \frac{17.143}{1.05} \approx \mathbf{16.33\ \text{円}}$$
問 2 問 1 の設定で、同じ $K=210$ のヨーロピアン・プットの価格をプット・コール・パリティで求めてください。
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$P = C - S_0 + K/(1+r) = 16.33 - 200 + 210/1.05 = 16.33 - 200 + 200.00 = \mathbf{16.33\ \text{円}}$
($K/(1+r)=200$ で $S_0$ とちょうど打ち消し合うため、たまたまコールと同額になっています。)
問 3 問 1 のコールのデルタと複製ポートフォリオを求めてください。今日 1 単位のコールを売るときの、ヘッジに必要な株数と借入額は?
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$\Delta = (C_u - C_d)/((u-d)S_0) = (40-0)/((1.25-0.90) \times 200) = 40/70 \approx \mathbf{0.5714}$
$B = (uC_d - dC_u)/((1+r)(u-d)) = (1.25 \times 0 - 0.90 \times 40)/(1.05 \times 0.35) = -36/0.3675 \approx \mathbf{-97.96}$
検算:$\Delta S_0 + B = 0.5714 \times 200 - 97.96 = 114.29 - 97.96 \approx 16.33 \checkmark$
コール 1 単位の売り=株 0.5714 単位買い + 97.96 円借入でヘッジ可能。
問 4 BS 公式で、$S_0=100,\ K=105,\ \sigma=30\%,\ r_f=2\%,\ T=1$ 年のコール価格を求めてください。
ヒント:$N(0.10)\approx 0.5398,\ N(-0.20)\approx 0.4207,\ N(-0.10)\approx 0.4602,\ N(0.20)\approx 0.5793$
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$K(1+r_f)^{-T} = 105/1.02 \approx 102.94$
$\sigma\sqrt{T} = 0.30$
$d_1 = \ln(100/102.94)/0.30 + 0.5 \times 0.30 = \ln(0.9714)/0.30 + 0.15 = (-0.02899)/0.30 + 0.15 \approx -0.0967 + 0.15 \approx 0.05$
$d_2 = d_1 - 0.30 \approx -0.25$
(ヒントに含まれる値に合わせて)$N(d_1) \approx 0.5199,\ N(d_2) \approx 0.4013$ を用いると
$$C \approx 100 \times 0.5199 - 102.94 \times 0.4013 \approx 51.99 - 41.31 \approx \mathbf{10.68\ \text{円}}$$
($N$ の値はヒントの中間から内挿、実値と若干差異あり)
問 5 2 期間二項モデル:$S_0=50$、$u=1.1$、$d=0.9$、$r=2\%/\text{期}$。権利行使価格 $K=50$ のアメリカン・プットを評価してください。
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$q = (1.02-0.9)/(1.1-0.9) = 0.12/0.20 = 0.60$
2 期後株価:$60.5,\ 49.5,\ 40.5$。ペイオフ $\max(50-S_T,0) = (0,\ 0.5,\ 9.5)$
$t=1$ 上側 ($S=55$):継続 $(0.6\times 0 + 0.4 \times 0.5)/1.02 = 0.2/1.02 \approx 0.196$、即時行使 $\max(50-55,0)=0$ → 継続 $\mathbf{0.196}$
$t=1$ 下側 ($S=45$):継続 $(0.6\times 0.5 + 0.4 \times 9.5)/1.02 = (0.3+3.8)/1.02 \approx 4.020$、即時行使 $50-45 = 5$ → ★早期行使 $\mathbf{5.000}$
$t=0$:$P_0 = (0.6 \times 0.196 + 0.4 \times 5.000)/1.02 = (0.118+2.000)/1.02 \approx \mathbf{2.076\ \text{円}}$
問 6 ある銘柄のヨーロピアン・コールの現在のデルタが $0.60$、コール 1 枚は株 100 株に対応しているとします。コール 10 枚を売り建てした場合、デルタ中立にするには株を何株、買う or 売るいずれにすればよいですか?
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コール 1 枚のデルタ=$0.60 \times 100 = 60$ 株相当。売り 10 枚なら $-600$ 株相当のデルタ。
中立化には、株を 600 株買う($+600$ 株のデルタを作る)必要がある。
ただしガンマは残るので、株価が動くたびに買い増し・売りが必要(動的ヘッジ)。
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