KKT で使う数学の道具箱
数学の基礎 ― 確率・統計・微分のおさらい
「期待値って何だっけ?」となったら、ここに戻ってきてください。
KKT 本編の学習コンテンツでは、各章の随所に期待値・分散・標準偏差・微分などの用語が出てきます。
高校〜大学初年次の数学にブランクのある方のために、必要最低限の知識をコンパクトにまとめた早見帳を用意しました。
各章から該当の項目にジャンプできるようリンクを張ってありますので、つまずいたときだけ参照していただければ OK です。
確率・確率変数 probability / random variable
確率変数とは、「結果が偶然で決まる量」を表す記号のことです。サイコロの目を $X$ とおくと、$X$ は 1〜6 のどれかをとります。本テキストで $X,Y,R$ などの大文字で書かれるのは確率変数だと思ってください。
確率変数 $X$ が $x_1, x_2, \ldots, x_n$ のいずれかの値をとるとき、それぞれの値をとる確率を $p_1, p_2, \ldots, p_n$ で表します。
$$p_i \ge 0,\qquad \sum_{i=1}^n p_i = 1$$
サイコロなら、$p_i=1/6$ がすべての目で成立します。
シグマ記号 Σ(総和) summation / sigma notation
$\sum$(ギリシャ文字の大文字シグマ)は、「たくさんの項の足し算」を短く書くための記号です。投資理論では、期待値・分散・債券の割引現在価値・デュレーションなど、あらゆる場面で登場する最頻出記号なので、ここでしっかり押さえておきましょう。
例 1:1 から 5 までの整数の和
$$\sum_{i=1}^{5} i \;=\; 1 + 2 + 3 + 4 + 5 \;=\; 15$$
例 2:$i$ 番目のキャッシュフロー $C_i$ を 3 期分足す
$$\sum_{t=1}^{3} C_t \;=\; C_1 + C_2 + C_3$$
例 3:割引現在価値の和(債券価格の基本式)
$$\sum_{t=1}^{T} \frac{C}{(1+y)^t} \;=\; \frac{C}{1+y} + \frac{C}{(1+y)^2} + \cdots + \frac{C}{(1+y)^T}$$
KKT での使い所(本テキストで出てくる代表例)
- 期待値:$E[X] = \displaystyle\sum_{i=1}^n x_i\,p_i$
- 分散:$\mathrm{Var}(X) = \displaystyle\sum_{i=1}^n (x_i - E[X])^2\,p_i$
- 債券価格:$P = \displaystyle\sum_{t=1}^{T} \frac{C}{(1+y)^t} + \frac{F}{(1+y)^T}$
- マコーレー・デュレーション:$D = \displaystyle\sum_{t=1}^{T} t \cdot \frac{C_t/(1+y)^t}{P}$
- ポートフォリオの期待リターン:$E[R_P] = \displaystyle\sum_{i=1}^n w_i\,E[R_i]$
慣れるまでは「$\sum$ が出てきたら、横に展開して $a_1 + a_2 + \cdots$ と書き下す」のがコツです。
等比数列の和 geometric series
「毎年キャッシュフローが一定比率で増える(または減る)」というパターンは、投資理論のあちこちに登場します。たとえば、債券の割引キャッシュフロー(毎年 $1/(1+y)$ ずつ減衰)、ゴードン・モデル(毎年 $(1+g)$ 倍に増える配当)、リスクプレミアム付き期待成長率など、ファイナンスの公式の裏側にはほぼ必ず等比数列がいると思ってください。
等比数列とは
初項 $a$、公比 $r$ の等比数列:
$$a,\ ar,\ ar^2,\ ar^3,\ \ldots,\ ar^{n-1}$$
各項は前の項に同じ数 $r$ を掛けたもの。
有限項の和(超頻出)
$r \ne 1$ のとき、
$$\sum_{k=0}^{n-1} a r^k \;=\; a + ar + ar^2 + \cdots + ar^{n-1} \;=\; \frac{a\,(1 - r^n)}{1 - r}$$
($r=1$ のときは単に $n \cdot a$)
導出(引き算 1 発)
$S_n = a + ar + ar^2 + \cdots + ar^{n-1}$ とおいて、両辺に $r$ を掛けると:
$$rS_n = ar + ar^2 + \cdots + ar^{n-1} + ar^n$$
上の式から引き算すると、真ん中の項がすべて消えて:
$$S_n - rS_n = a - ar^n$$
$$S_n\,(1 - r) = a\,(1 - r^n)$$
$$S_n = \frac{a\,(1 - r^n)}{1 - r}$$
このテクニックは試験でも「和の公式を使わず導出せよ」と問われることがあります。
無限項の和(発散しないための条件)
$|r| \lt 1$ のとき、$n \to \infty$ で $r^n \to 0$ になるので:
$$\boxed{\;\sum_{k=0}^{\infty} a r^k \;=\; \frac{a}{1 - r}\;}$$
$|r| \geq 1$ の場合は発散して和は定義されません。
「無限に足すのに、値が有限に収まる」という不思議な結果。これが DDM やゴードン・モデルが閉じた式で書ける数学的な理由です。
ゴードン・モデルの導出を追ってみましょう
配当が毎年 $(1+g)$ 倍に成長:$D_t = D_1 (1+g)^{t-1}$。これを割引率 $r$ で現在価値に直して無限和をとる:
$$P_0 = \sum_{t=1}^{\infty} \frac{D_1 (1+g)^{t-1}}{(1+r)^t}$$
$1/(1+r)$ を外に出して:
$$P_0 = \frac{D_1}{1+r} \sum_{t=1}^{\infty} \left(\frac{1+g}{1+r}\right)^{t-1}$$
この $\sum$ は公比 $\rho = \dfrac{1+g}{1+r}$ の等比無限和。$r \gt g$ なら $\rho \lt 1$ で収束し、その和は $\dfrac{1}{1-\rho}$。代入すると:
$$P_0 = \frac{D_1}{1+r} \cdot \frac{1}{1 - \frac{1+g}{1+r}} = \frac{D_1}{1+r} \cdot \frac{1+r}{(1+r) - (1+g)} = \frac{D_1}{r - g}$$
これがゴードン・モデルの正式な導出です。
期待値 E(X) expected value / mean
確率変数 $X$ の期待値(平均)は、各値にその確率を掛けて足し合わせたものです。
期待値の定義
$$E(X)=\sum_{i=1}^n p_i\, x_i$$
例:サイコロの目の期待値
$$E(X)=\tfrac{1}{6}(1+2+3+4+5+6)=3.5$$
例:確率 1/2 で 800 万円、確率 1/2 で 400 万円もらえるくじの期待値
$$E(X)=\tfrac{1}{2}\cdot 800+\tfrac{1}{2}\cdot 400=600\ \text{万円}$$
期待値は、くじを何回も引いたときの平均値だとイメージすると直感的に分かりやすいです。ただし「1 回引いたときにもらえる額」ではない点に注意。
分散 Var(X) variance
分散は、「確率変数がその期待値からどれくらいバラついているか」を測る指標です。「各値が期待値から外れた量(=偏差)」を 2 乗して、その期待値をとります。
分散の定義
$$\mathrm{Var}(X)=E\bigl[(X-E(X))^2\bigr]=\sum_{i=1}^n p_i\bigl(x_i-E(X)\bigr)^2$$
よく使う別表現(公式)
$$\mathrm{Var}(X)=E(X^2)-[E(X)]^2$$
例:上のくじ(800 と 400、$E=600$)の分散
$$\mathrm{Var}(X)=\tfrac{1}{2}(800-600)^2+\tfrac{1}{2}(400-600)^2=\tfrac{1}{2}\cdot 40000+\tfrac{1}{2}\cdot 40000=40000$$
分散が大きいほど「バラつきが大きい」=リスクが大きいということです。ただし分散は「単位が 2 乗された量」(万円ならば万円²)なので、実感しづらい数字です。そこで次の標準偏差が登場します。
標準偏差 σ(X) standard deviation
標準偏差は、分散の平方根。分散の単位問題を直すことで、期待値と同じ単位になります。
標準偏差の定義
$$\sigma(X)=\sqrt{\mathrm{Var}(X)}$$
例:上のくじの標準偏差
$$\sigma(X)=\sqrt{40000}=200\ \text{万円}$$
「期待値 600 万円に対して、プラスマイナス 200 万円くらいブレる」と読みます。
投資理論では「リスク=標準偏差」と定義します。単に「標準偏差」と書いてあったら「リスク」と読み替えてもだいたい合ってます。
共分散 Cov(X,Y) covariance
2 つの確率変数 $X, Y$ が「一緒に動くか、逆に動くか」を測る指標が共分散です。
共分散の定義
$$\mathrm{Cov}(X,Y)=E\bigl[(X-E(X))(Y-E(Y))\bigr]$$
別表現
$$\mathrm{Cov}(X,Y)=E(XY)-E(X)\,E(Y)$$
共分散の符号が意味するのは:
- $\mathrm{Cov}(X,Y)>0$:一緒に動きやすい(X が大きい時に Y も大きい傾向)
- $\mathrm{Cov}(X,Y)<0$:逆方向に動きやすい
- $\mathrm{Cov}(X,Y)=0$:関係なし(独立ならこれ)
共分散も「単位が 2 つの量の積」になるので、大きさ自体は解釈が難しい値です。次の相関係数が実用的。
相関係数 ρ correlation coefficient
共分散を、2 つの標準偏差で割って無次元化したもの。
相関係数の定義
$$\rho_{XY}=\frac{\mathrm{Cov}(X,Y)}{\sigma(X)\,\sigma(Y)}$$
$\rho$ は必ず $-1\le \rho \le 1$ の範囲に収まります。
- $\rho = +1$:完全正相関(一方が増えるともう一方も必ず増える)
- $\rho = 0$:無相関
- $\rho = -1$:完全負相関
ポートフォリオ理論(第 2 章)では、相関係数が小さいほど分散投資の効果が大きく出ます。ここを直感的に押さえておいてください。
1 次結合の期待値・分散 linear combination
投資理論では、ポートフォリオのリターンを「個別資産のリターンの重み付き和」で表します。この1 次結合の期待値・分散の公式を必ず押さえておきましょう。
1 次結合の期待値(線形性)
$$E(aX+bY)=a\,E(X)+b\,E(Y)$$
1 次結合の分散
$$\mathrm{Var}(aX+bY)=a^2\,\mathrm{Var}(X)+b^2\,\mathrm{Var}(Y)+2ab\,\mathrm{Cov}(X,Y)$$
分散は線形ではない(2 乗の項と共分散の項が出る)点がポイント。この公式が、第 2 章の「分散投資でリスクが下がる仕組み」を支えています。
凹関数・凸関数 concave / convex function
関数 $f(x)$ のグラフの形で分類します。
- 凹関数(上に凸):グラフが「上に凸」、つまり 2 階微分が負 $f''(x)<0$。$\log x$、$\sqrt{x}$、$-x^2$ など。
- 凸関数(下に凸):グラフが「下に凸」、つまり $f''(x)>0$。$e^x$、$x^2$ など。
凹関数の性質(ジェンセンの不等式)
$f$ が凹関数なら、任意の確率変数 $X$ について
$$E[f(X)]\le f(E[X])$$
投資理論ではリスク回避型の投資家の
効用関数を凹関数と仮定します。この性質から「リスクがあると効用が下がる」というリスク・ディスカウントが導かれます(→
第 1 章 4 節)。
微分・2 階微分 derivative
関数 $f(x)$ の微分 $f'(x)$ は、グラフの接線の傾きを表します。
基本公式
$\dfrac{d}{dx}(x^n) = n x^{n-1}$
$\dfrac{d}{dx}(e^x) = e^x$
$\dfrac{d}{dx}(\ln x) = \dfrac{1}{x}$
合成関数の微分(連鎖律)
$$\bigl(f(g(x))\bigr)' = f'(g(x))\cdot g'(x)$$
2 階微分 $f''(x)$ は「傾きの変化率」=曲がり方を表し、
- $f''(x)>0$ なら下に凸
- $f''(x)<0$ なら上に凸(凹関数)
本テキストではリスク回避度の定義に 2 階微分が登場します:$A_u(x)=-u''(x)/u'(x)$。
偏微分 partial derivative
関数の変数が複数あるときの微分です。たとえば $f(x, y) = x^2 y + 3y$ のように 2 つの変数を持つ関数で、「$y$ を動かさず $x$ だけを動かしたときの変化率」を求めるのが$x$ による偏微分です。
記号
通常の微分は $\dfrac{df}{dx}$ と書きますが、偏微分では「デル」($\partial$ =ラウンドディー)という記号を使います:
$$\frac{\partial f}{\partial x}\qquad\text{または}\qquad f_x$$
計算のコツ:偏微分 $\dfrac{\partial f}{\partial x}$ を求めるときは、注目している変数以外はすべて定数とみなして、普通の微分の公式を適用するだけです。
例:$f(x, y) = x^2 y + 3y$ を偏微分してみましょう。
$x$ で偏微分($y$ は定数扱い):
$$\frac{\partial f}{\partial x} = 2xy + 0 = 2xy$$
$y$ で偏微分($x$ は定数扱い):
$$\frac{\partial f}{\partial y} = x^2 + 3$$
2 階の偏微分も同じ要領で定義できます。$x$ で 2 回偏微分した値は $\dfrac{\partial^2 f}{\partial x^2}$、先に $x$ で微分してから $y$ で微分する「交差偏微分」は $\dfrac{\partial^2 f}{\partial y\, \partial x}$ と書きます。
2 次方程式の解の公式 quadratic formula
確実等価額を求めるときに頻繁に使うので、忘れていたら思い出してください。
解の公式
$ax^2+bx+c=0$ の解は
$$x=\frac{-b\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2a}$$
例:$X^{*2}-40X^*+200=0$ の場合、$a=1, b=-40, c=200$ として
$$X^*=\frac{40\pm\sqrt{1600-800}}{2}=\frac{40\pm\sqrt{800}}{2}\approx\frac{40\pm 28.28}{2}$$
テイラー展開 Taylor expansion
なめらかな関数 $f(x)$ を、ある点 $a$ の近くで多項式で近似する方法です。
テイラー展開(2 次まで)
$$f(x)\approx f(a)+f'(a)(x-a)+\tfrac{1}{2}f''(a)(x-a)^2$$
第 1 章で「リスク・ディスカウント額の近似公式」を導くときにこれを使います:期待効用をテイラー展開し、2 階項まで残すと、
$$E[u(X)]\approx u(\mu_X)+\tfrac{1}{2}u''(\mu_X)\,\sigma_X^2$$
これを整理するとあの近似式が出てきます。
正規分布 normal distribution
確率変数の分布で最も重要な形。平均 $\mu$・分散 $\sigma^2$ の正規分布を $N(\mu,\sigma^2)$ と書きます。
- $\mu$ を中心に左右対称
- $\mu\pm\sigma$ の範囲に約 68%、$\mu\pm 2\sigma$ に約 95% が入る
- 標準正規分布 $N(0,1)$:$\mu=0,\sigma=1$ の特別なケース
標準正規分布の累積分布関数 $N(x)$($\Phi(x)$ とも書く)は、「標準正規分布に従う確率変数が $x$ 以下となる確率」を表します。ブラック・ショールズ公式(→ 第 7 章)で主役級に登場します。
正規分布を仮定できるとき、平均と分散の 2 つのパラメータだけで確率分布が完全に決まります。これが「平均・分散アプローチ」の理論的裏付けです。