投資理論[理論編] ― 第3章

CAPM ― 資本資産評価モデル

市場全体の需給が決める「リスクの価格」を、数式でガッチリ掴みます。

第 3 章へようこそ!前章では「投資家は安全資産と接点ポートフォリオの組合せで最適化する(トービンの分離定理)」を学びました。 この章ではさらに一歩進み、市場全体の需給が均衡したら何が起こるかを考えます。その答えがCAPM(Capital Asset Pricing Model、資本資産評価モデル)。 ウィリアム・シャープが 1964 年に作り、1990 年にノーベル経済学賞を受賞した現代ファイナンスの金字塔です。 KKT 投資理論の中核論点の一つで、計算問題として毎年のように出題されます。

🎯 この章でマスターしておきたいこと

📚 本章の流れ

  1. マーケット・ポートフォリオって何?
  2. CAPM 第1定理と資本市場線 (CML)
  3. ベータ ― 株式の「市場との連動度」
  4. リスクの分解:市場関連と非市場
  5. CAPM 第2定理と証券市場線 (SML)
  6. ベータの推定 ― 回帰分析
  7. CAPM の実務への応用
  8. CAPM のアノマリーとロールの批判
  9. 要点まとめ
  10. 演習

1. マーケット・ポートフォリオって何?

マーケット・ポートフォリオ $M$ とは、市場に供給されるすべての証券を、時価総額に比例した比率で保有するバスケットのことです。

難しそうですが、実はとってもシンプル。たとえば東証プライム市場の全銘柄を時価総額の重みで混ぜたもの、それが日本版マーケット・ポートフォリオに近い存在です。 実務では TOPIX や S&P500 などの株価指数を「マーケット・ポートフォリオの代理」として使います。 皆さんが普段聞く「インデックスファンド」は、このマーケット・ポートフォリオに投資する商品ですね。

これから本章で一貫して使う数値設定です:

本章の設定
マーケット $M$:期待リターン $\mu_M = 7\%$、標準偏差 $\sigma_M = 18\%$
リスクフリー・レート:$r_f = 1\%$
マーケット・リスクプレミアム $\mu_M - r_f = 6\%$

(サンプル銘柄は §3 以降で登場します。)

2. CAPM 第1定理と資本市場線 (CML)

2.1 CAPM 第1定理 ― 需給の魔法

前章のトービンの分離定理で、「投資家はみな接点ポートフォリオに投資する」という話をしました。ここから需給の議論で一歩進めます。

もし全員が同じ接点ポートフォリオ $T$ を欲しがるのなら、市場の需給が均衡するためには、$T$ は市場に供給されている全証券を時価加重で合成したバスケット=マーケット・ポートフォリオ $M$ と一致しないといけません。違うバスケットだったら、需要と供給がズレてしまいますよね。
CAPM 第1定理(オリジナル CAPM) 安全資産があるとき、市場の均衡状態においてマーケット・ポートフォリオ $M$ は接点ポートフォリオと一致する。 したがって、マーケット・ポートフォリオは効率的ポートフォリオである。

2.2 資本市場線 (CML)

前章で登場した「安全資産を含めた効率的フロンティア」が、ここで新しい名前をもらいます ―― 資本市場線(Capital Market Line, CML)です。

資本市場線CMLとマーケット・ポートフォリオ
図 3-1 $(\sigma, \mu)$ 平面上の資本市場線 (CML)。リスクフリー点とマーケット $M$ を結ぶ直線です。
資本市場線の式 $$\mu_p = r_f + \frac{\mu_M - r_f}{\sigma_M}\cdot\sigma_p$$ 傾き $\dfrac{\mu_M - r_f}{\sigma_M}$ をマーケット・リスクの価格と呼びます。
本章の設定で、マーケット・リスクの価格は $$\frac{\mu_M - r_f}{\sigma_M} = \frac{7 - 1}{18} = \frac{6}{18} = \frac{1}{3} \approx 0.333$$ 標準偏差 1% あたり、期待リターンが 0.33% もらえるということですね。

2.3 シャープ比と CML の関係

一般の証券またはポートフォリオについて、「リスク 1 単位あたりの超過リターン」をシャープ比 (Sharpe ratio) と呼びます。

シャープ比の定義 $$S_i = \frac{\mu_i - r_f}{\sigma_i}$$
CML の傾きはマーケット・ポートフォリオのシャープ比と一致します。そして、マーケット・ポートフォリオは投資可能集合の中でシャープ比が最大。ここが CAPM の肝です。

2.4 ゼロベータ CAPM(拡張)

実は、安全資産が存在しない場合や貸出金利<借入金利のケースでも、フィッシャー・ブラック (Black, 1972) が「マーケット・ポートフォリオは効率的」という定理を示しています。この拡張版はゼロベータ CAPM と呼ばれ、試験では用語として押さえておけば十分です。

3. ベータ ― 株式の「市場との連動度」

さて、ここからが CAPM のもう一つの主役ベータ $\beta$ の登場です。

ベータの定義 $$\beta_i = \frac{\mathrm{Cov}(R_i, R_M)}{\mathrm{Var}(R_M)} = \frac{\sigma_{iM}}{\sigma_M^2}$$ (共分散を、マーケットの分散で割ったもの)

3.1 ポートフォリオのベータは加重平均

共分散は「線形」なので、ポートフォリオのベータは個別証券のベータを投資比率で加重平均した値になります。

投資比率 $(w_1, w_2, \ldots, w_n)$ のポートフォリオ $P$ のベータ: $$\beta_P = w_1 \beta_1 + w_2 \beta_2 + \cdots + w_n \beta_n$$
期待リターンベータもどちらも「加重平均」で計算できる。一方、分散(リスク)だけは加重平均にならない(共分散の項が入る)。ここが第 2 章との対比として大事なポイントです。

3.2 ベータの符号と大きさ

ベータの符号と大きさ
図 3-2 ベータの値によって、株式リターンの市場連動具合がガラッと変わります。
$\beta$ の値意味典型例
$\beta \gt 1$市場の動きを増幅する(ハイベータ株)テクノロジー株、シクリカル銘柄
$\beta = 1$市場と同程度に動く大型株インデックス
$0 \lt \beta \lt 1$市場変動より鈍い(ディフェンシブ)食品・電力・日用品
$\beta = 0$市場と無関係な動き特定のアービトラージ戦略
$\beta \lt 0$市場と方向に動く金(ゴールド)、一部のインバース ETF

3.3 ベータの幾何学的イメージ

ベータを「確率変数をベクトルと見たときの、$R_M$ 方向への投影の割合」と捉えることもできます。

$R_i$ を $R_M$ 方向の成分と、$R_M$ と直交する残差 $e_i$ に分解すると、 $$R_i = \beta_i R_M + e_i,\qquad \mathrm{Cov}(R_M, e_i) = 0$$ $\beta_i$ は「$R_i$ の $R_M$ 方向の長さ/$R_M$ の長さ」に相当します。

4. リスクの分解:市場関連と非市場

上の分解式 $R_i = \beta_i R_M + e_i$ の両辺の分散を取ります。$\mathrm{Cov}(R_M, e_i) = 0$ なので交差項が消え、

リスク分解の公式(試験で出題される) $$\sigma_i^2 = \underbrace{\beta_i^2\,\sigma_M^2}_{\text{市場関連リスク}} + \underbrace{\sigma_{e_i}^2}_{\text{非市場リスク}}$$

4.1 計算例 ― 4 銘柄のリスク分解

本章で使うサンプル銘柄 4 つを設定します:

銘柄ベータ β非市場リスク $\sigma_e$タイプ
A0.615%ディフェンシブ
B1.012%市場並み
C1.520%アグレッシブ
D-0.318%逆相関

$\sigma_M = 18\%$ として、各銘柄のトータルリスク $\sigma_i$ を計算しましょう。

株式 A:$\sigma_A^2 = 0.6^2 \cdot 18^2 + 15^2 = 0.36 \cdot 324 + 225 = 116.64 + 225 = 341.64$
よって $\sigma_A = \sqrt{341.64} \approx 18.48\%$

株式 B:$\sigma_B^2 = 1 \cdot 324 + 144 = 468,\ \sigma_B \approx 21.63\%$
株式 C:$\sigma_C^2 = 2.25 \cdot 324 + 400 = 1129,\ \sigma_C \approx 33.60\%$
株式 D:$\sigma_D^2 = 0.09 \cdot 324 + 324 = 353.16,\ \sigma_D \approx 18.79\%$
リスク分解の棒グラフ
図 3-3 4 銘柄のリスクを「市場関連+非市場」に分解した棒グラフ。C はベータ起因のリスクが大部分を占めます。

4.2 相関係数とベータの関係

ベータと相関係数の間には次の関係があります。

$$\beta_i = \rho_{iM}\cdot\frac{\sigma_i}{\sigma_M},\qquad \rho_{iM}^2 = \frac{\beta_i^2\,\sigma_M^2}{\sigma_i^2}$$ $\rho_{iM}^2$ は「銘柄 $i$ のトータルリスクのうち市場関連リスクが占める割合」。

5. CAPM 第2定理と証券市場線 (SML)

いよいよ CAPM の最重要公式です。試験では毎年のように使います。

CAPM 第2定理(証券市場線 SML) 市場の均衡状態において、任意の証券 $i$ について $$\mu_i - r_f = \beta_i\,(\mu_M - r_f)$$ あるいは $$\mu_i = r_f + \beta_i\,(\mu_M - r_f)$$

左辺はリスクプレミアム、右辺はベータ × マーケット・リスクプレミアム。「ベータ 1 単位のお値段=マーケット・リスクプレミアム」と読めますね。

5.1 サンプル銘柄の期待リターン

本章の設定($r_f = 1\%, \mu_M - r_f = 6\%$)で、CAPM による各銘柄の理論期待リターンを計算します:
銘柄β$\mu_i = r_f + \beta(\mu_M - r_f)$
A0.6$1 + 0.6 \cdot 6 = 4.6\%$
B1.0$1 + 1.0 \cdot 6 = 7.0\%$
C1.5$1 + 1.5 \cdot 6 = 10.0\%$
D-0.3$1 - 0.3 \cdot 6 = -0.8\%$
銘柄 D の「$\beta \lt 0$、$\mu \lt r_f$」って変に見えますよね?「リスクあるのに安全資産より低いリターンでいいの?」と。 実は、$\beta \lt 0$ の銘柄は市場が暴落した時に上がる「保険」の機能を持っているんです。そのため市場は安いリターンを要求する。 金(ゴールド)や一部の債券ヘッジ戦略がこれにあたります。

5.2 証券市場線 (SML) の描画

証券市場線SML
図 3-4 横軸にベータ、縦軸に期待リターンをとった証券市場線 (SML)。市場均衡ではすべての証券がこの 1 本の線上に乗るはず。

5.3 CML と SML の違い(試験で狙われる!)

CML vs SML
図 3-5 CML と SML は似ているようで別物。CML は σ 軸、SML は β 軸です。
CML と SML を混同しがち。ここはしっかり区別 個別銘柄は CML には乗らないけれど、SML には乗る。この違いが決定的です。

5.4 なぜベータだけが価格を決めるのか

非市場リスクは分散投資で消せるので、市場はその分に対価(リスクプレミアム)を払ってくれません。 市場が対価を要求するのは、どうしても残る市場関連リスク(=ベータ・リスク)だけ。 これが「ベータだけが期待リターンを決定する」という CAPM の深いメッセージです。

6. ベータの推定 ― 回帰分析

ベータは理論的な定義があっても、実際にはデータから推定するしかありません。代表的な手法が回帰分析です。

マーケット・モデル $$Z_i(t) = \alpha_i + \beta_i\,Z_M(t) + u_i(t)$$ $Z_i(t) = R_i(t) - r_f(t)$(超過リターン)、$u_i(t)$ は残差。
最小二乗法で $\beta_i$ の推定値を求めたものをヒストリカル・ベータと呼びます。
推定式(標本版) $$\hat\beta_i = \frac{\sum_t (Z_M(t) - \bar Z_M)(Z_i(t) - \bar Z_i)}{\sum_t (Z_M(t) - \bar Z_M)^2} = \frac{\widehat{\mathrm{Cov}}(Z_i, Z_M)}{\widehat{\mathrm{Var}}(Z_M)}$$
回帰分析によるベータ推定
図 3-6 散布図に回帰直線を当てはめ、その傾きをベータの推定値とします。
実務では月次データ 36〜60 ヶ月(3〜5 年)を使うのが一般的。マーケット・ポートフォリオの代理として TOPIX 配当込み指数や S&P500 を使います。 なお、ベータは時間とともに変化したり、1 に平均回帰する傾向があったりするので、単純な過去データ推定には注意が必要です。

7. CAPM の実務への応用

7.1 インデックス運用の理論的根拠

CAPM 第1定理「マーケット・ポートフォリオは効率的」から、「自分で銘柄選定せず、TOPIX や S&P500 に連動するインデックスファンドに投資すれば十分」という結論が出ます。これがパッシブ運用/インデックスファンドの理論的支柱です。

7.2 ファンドのパフォーマンス評価 ― ジェンセンのアルファ

あるファンドが「CAPM の予測を超えた成績を出しているか」を測るのがジェンセンのアルファ $\alpha_P$ です。

ジェンセンのアルファ ファンドの回帰式 $Z_P(t) = \alpha_P + \beta_P Z_M(t) + u_P(t)$ の定数項 $\alpha_P$。 $$\hat\alpha_P = \bar Z_P - \hat\beta_P\,\bar Z_M$$

7.3 代表的なパフォーマンス指標まとめ

指標使いどころ
シャープ比$\dfrac{\mu_P - r_f}{\sigma_P}$単独保有で、トータル・リスクあたりの効率
トレイナー比$\dfrac{\mu_P - r_f}{\beta_P}$既に分散済みで、ベータ・リスクあたりの効率
ジェンセンの α$\mu_P - [r_f + \beta_P(\mu_M - r_f)]$CAPM を超えたスキル部分
計算例:ファンド P のヒストリカル $\beta_P = 0.8$、実現リターン $\mu_P = 7\%$、$r_f = 1\%, \mu_M = 7\%$。
CAPM の予測:$1 + 0.8 \cdot 6 = 5.8\%$
ジェンセンのアルファ:$\alpha_P = 7 - 5.8 = +1.2\%$(SML 上方 → スキルあり)

7.4 資本コスト(企業財務)

株主資本コスト $r_E$ の推定にも CAPM を使います:

$$r_E = r_f + \beta_E\,(\mu_M - r_f)$$

企業が新規プロジェクトの IRR をこの $r_E$ と比較して、採択可否を決める、という実務です。

8. CAPM のアノマリーとロールの批判

理論はキレイですが、実証では「CAPM では説明できない現象」が多く見つかっています。

8.1 代表的な CAPM アノマリー

これらを受けて第 4 章では、「ベータ以外のリスク要因」を取り入れたマルチファクター・モデルAPT が登場します(次章以降で扱います)。

8.2 ロールの批判

「真のマーケット・ポートフォリオ」とは、市場で取引可能なすべての金融資産の時価加重バスケットを指します。でも、不動産・人的資本・プライベート資産まで含めた真の $M$ は観測不可能。 実証研究で TOPIX や S&P500 を「代理」として使うのは、代理指数の効率性を検証しているだけで、CAPM そのものの検証にはなっていない ―― これがロール (Roll, 1977) の批判です。

💡 第 3 章 要点まとめ

✍️ 演習(クリックで解答表示)

問 1 $r_f = 2\%$、マーケット・リスクプレミアム $\mu_M - r_f = 5\%$、株式 X のベータ $\beta_X = 1.4$ のとき、CAPM による期待リターンはいくらですか?

解答を見る $\mu_X = r_f + \beta_X(\mu_M - r_f) = 2 + 1.4 \times 5 = 2 + 7 = \mathbf{9\%}$

問 2 株式 A(β=0.4)、B(β=1.2)、C(β=2.0)に投資比率 $(0.5, 0.3, 0.2)$ で投資するポートフォリオのベータを求めてください。

解答を見る $\beta_P = 0.5 \times 0.4 + 0.3 \times 1.2 + 0.2 \times 2.0 = 0.2 + 0.36 + 0.4 = \mathbf{0.96}$

問 3 $\sigma_M = 15\%$、株式 Y のベータ $\beta_Y = 0.8$、トータル・リスク $\sigma_Y = 22\%$ のとき、$\sigma_Y$ の中の市場関連リスクの割合 $\rho_{YM}^2$ と、非市場リスク $\sigma_{e_Y}$ を求めてください。

解答を見る

市場関連リスク割合:$\rho_{YM}^2 = \dfrac{\beta_Y^2 \sigma_M^2}{\sigma_Y^2} = \dfrac{0.64 \times 225}{484} = \dfrac{144}{484} \approx 0.297$(約 29.7%)

非市場リスク:$\sigma_{e_Y}^2 = \sigma_Y^2 - \beta_Y^2\sigma_M^2 = 484 - 144 = 340$、$\sigma_{e_Y} = \sqrt{340} \approx \mathbf{18.44\%}$

問 4 あるファンドの実現リターン $\mu_P = 10\%$、$\beta_P = 1.1$。$r_f = 2\%$、$\mu_M = 8\%$ のとき、ジェンセンのアルファを求めてください。

解答を見る

CAPM の予測リターン:$r_f + \beta_P(\mu_M - r_f) = 2 + 1.1 \times 6 = 2 + 6.6 = 8.6\%$

$\alpha_P = \mu_P - 8.6 = 10 - 8.6 = \mathbf{+1.4\%}$(スキルあり!)

問 5 $r_f = 1\%, \mu_M = 7\%, \sigma_M = 20\%$ のとき、次の 2 ファンドのシャープ比を比較してください。
ファンド X:$\mu_X = 6\%, \sigma_X = 15\%$
ファンド Y:$\mu_Y = 9\%, \sigma_Y = 28\%$
どちらが効率的な運用と言えるでしょう?

解答を見る

$S_X = (6 - 1)/15 = 5/15 \approx 0.333$

$S_Y = (9 - 1)/28 = 8/28 \approx 0.286$

$S_X \gt S_Y$ なので、ファンド X のほうが効率的(リスク 1 単位あたりの超過リターンが大きい)。

ちなみに市場 $S_M = 6/20 = 0.3$ なので、X は市場より効率的、Y は市場より劣るという評価になります。

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