トービンの分離定理 — 「全員が同じ危険資産を持つ」理由
📅 2026年9月6日 公開
「あなたに合った資産配分」の意外な答え
リスクを取りたくない人と、積極的に取りたい人。2人が最適なポートフォリオを組むとき、中身の危険資産の組み合わせは同じになる——違うのは「安全資産をどれだけ混ぜるか」だけ。これがトービンの分離定理です。直感に反しますが、前回学んだ分散の式から自然に導かれます。
安全資産を加えると、何が起きるか
危険資産だけの世界では、最適な組み合わせは効率的フロンティア(同じリスクなら最大のリターンを与える曲線)の上にありました。ここに安全資産(無リスク金利 \(r_f\) で運用できる資産。標準偏差ゼロ)を加えます。
安全資産と、ある危険資産ポートフォリオ \(P\) を、割合 \(w\) と \(1-w\) で組み合わせると——
$$E[R] = (1-w) r_f + w\, E[R_P], \qquad \sigma = w\, \sigma_P$$
安全資産の標準偏差はゼロ、危険資産との共分散もゼロなので、リスクは単純に \(w\) 倍になります。つまり、リスクとリターンの平面上でこの組み合わせは直線を描きます(切片 \(r_f\)、傾き \(\dfrac{E[R_P]-r_f}{\sigma_P}\))。
最も傾きの急な直線を選ぶ — 接点ポートフォリオ
投資家にとって「傾きが急な直線」ほど有利です。同じリスクでより高いリターンが得られるからです。この傾き \(\dfrac{E[R_P]-r_f}{\sigma_P}\) はシャープ・レシオそのもの。
そこで、\(r_f\) を起点に効率的フロンティアへ向かって直線を引き、最も傾きが急になるところを探すと——その直線は効率的フロンティアに接する1点で決まります。この接点が接点ポートフォリオ、この直線が資本配分線(CAL)です。さらに市場が均衡し、接点ポートフォリオが市場ポートフォリオに一致する状況を考えると、この線は資本市場線(CML)と呼ばれます。
接点を決めるのに使った情報は、各資産の期待リターン・分散・共分散と無リスク金利だけ。投資家の好み(リスク許容度)は一切入っていません。
つまり ①「どの危険資産の組み合わせを持つか」は全員共通(接点ポートフォリオ)、②「それをどれだけ持つか」だけが個人差——この2段階に分けられることを「分離」と呼びます。
投資家の違いは「直線上のどこに立つか」だけ
| 投資家のタイプ | 安全資産の割合 | CML上の位置 |
|---|---|---|
| リスク回避が強い | 多い(貸し手) | \(r_f\) と接点の間 |
| 標準的 | ゼロ | 接点ポートフォリオそのもの |
| 積極的 | マイナス(借り入れて投資) | 接点より右上 |
この考え方は現実の運用にも影響しました。「全員が同じ危険資産ポートフォリオを持つ」という結論を市場全体に当てはめると、その共通ポートフォリオは市場ポートフォリオ(市場全体の時価構成比)に一致するはずだ——という発想が生まれます。これが次回扱うCAPMへの橋であり、インデックス運用の理論的な根拠にもつながる考え方です。
数値例 — 直線上を動いてみる
無リスク金利 \(r_f = 1\%\)、接点ポートフォリオが期待リターン7%・標準偏差12%だとします。シャープ・レシオは \((7-1)/12 = 0.5\)。
- 安全資産50%・接点50%: 期待リターン \(0.5\times1 + 0.5\times7 = 4\%\)、リスク \(0.5\times12 = 6\%\)
- 接点100%: 7%、12%
- 50%借り入れて150%投資: \(-0.5\times1 + 1.5\times7 = 10\%\)、リスク \(1.5\times12 = 18\%\)
どの点でも \(\dfrac{E[R]-1}{\sigma} = 0.5\) が保たれています。リスク1単位あたりの超過リターンが同じ——CMLとはそういう直線です。
試験での問われ方
実試験では、接点ポートフォリオの計算(10年で7年出題)、CMLの式、シャープ・レシオの比較、そして大問末尾の理論正誤で「分離定理は投資家の効用関数に依存しない」といった記述の正誤が問われます。「危険資産の中身は全員共通、配分だけが個人差」という一文を確実に押さえておけば、正誤問題は落としません。
学習への落とし込み
分離定理と資本市場線は投資理論 理論編 第2章 ポートフォリオ理論で扱います。次回はいよいよ、この延長線上にあるCAPMとβです。
※ 厳密に言えば(補注)
- 本文の \(\sigma = w\,\sigma_P\) は、危険資産への配分比率 \(w\) が0以上の場合の式です。安全資産を空売りするケースも含めて一般に書けば \(\sigma = |w|\,\sigma_P\) となります。
- 分離定理が「全員が同じ危険資産ポートフォリオを持つ」という結論に至るには、無リスク金利での貸借が自由にできること、投資家が期待リターンと分散のみで判断すること(平均・分散アプローチ)、各資産のリターン分布についての予想が投資家間で共通であることといった前提が必要です。前提が崩れれば、最適な危険資産の組み合わせは投資家によって異なり得ます。
- 「接点ポートフォリオ=市場ポートフォリオ」となるのは、上記の前提のもとで市場全体が均衡している場合の結論(CAPMの世界)です。分離定理そのものから直ちに導かれるわけではありません。
- 表の「標準的な投資家は安全資産ゼロ」は説明のための便宜的な区分です。理論上、直線上のどの位置に立つかはリスク回避度に応じて連続的に決まり、「標準」という基準点があるわけではありません。
- 安全資産(無リスク資産)は、投資期間中のリターンが確定していて分散がゼロ、したがって他の資産との共分散もゼロとなる資産を指す理論上の概念です。現実の国債等はデフォルト・リスクやインフレ・リスクを完全にゼロにはできません。
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📚 参考文献・参考リンク
- 小林孝雄・芹田敏夫『新・証券投資論Ⅰ 理論篇』日本経済新聞出版
- 当サイト類題データベース(2016〜2025年度・753問)の集計