状態価格とリスク中立確率 — 「確率を付け替える」発想
📅 2026年10月2日 公開
リスク回避の話だったのに、なぜ「リスク中立」なのか
ここまで投資理論では、投資家はリスク回避的であることを前提にしてきました。それなのに、デリバティブの評価では突然「リスク中立確率」という言葉が出てきます。矛盾しているように見えるこの概念を、今回はっきりさせましょう。
過去問10年分析では、リスクニュートラル・プライシングは年5〜7点の固定配分で、状態価格の連立方程式は10年で8年出題されています。デリバティブ評価(毎年11点前後)の土台でもあり、投資理論の中でも重要度の高い分野です。
出発点は「状態価格」
まず、リスク中立確率よりも素朴な概念から入ります。状態価格とは、「将来ある状態が起きたときにだけ1円もらえる証券」の現在価格のことです(アロー・ドブリュー証券とも呼ばれます)。
1期間・2状態(好況 u / 不況 d)のモデルで考えます。状態価格を \(\psi_u, \psi_d\) とすると、あらゆる資産の現在価格は、将来ペイオフを状態価格で評価した和になります。
$$P = \psi_u \cdot X_u + \psi_d \cdot X_d$$
これは非常に強力な考え方です。資産の種類を問わず(株でも債券でもオプションでも)、同じ2つの数字 \(\psi_u, \psi_d\) で価格が決まるのですから。
数値例 — 連立方程式で状態価格を求める
市場に次の2つの資産があるとします。
| 資産 | 現在価格 | 好況(u)のペイオフ | 不況(d)のペイオフ |
|---|---|---|---|
| 安全資産 | 100 | 104 | 104 |
| 株式 | 100 | 130 | 90 |
状態価格の定義から、連立方程式が立ちます。
$$\begin{cases} 100 = 104\,\psi_u + 104\,\psi_d \\ 100 = 130\,\psi_u + 90\,\psi_d \end{cases}$$
第1式より \(\psi_u + \psi_d = 100/104 \approx 0.9615\)。これを第2式に代入して解くと
$$\psi_u = \frac{35}{104} \approx 0.3365, \qquad \psi_d = \frac{65}{104} = 0.6250$$
(検算: \(130\times0.3365 + 90\times0.6250 = 43.75 + 56.25 = 100\)。合っています)
これで、この市場の「価格の設計図」が手に入りました。あとはどんな資産でも、ペイオフさえ分かれば価格が計算できます。たとえば行使価格110のコールオプション(好況で20、不況で0のペイオフ)は
$$C = 0.3365 \times 20 + 0.6250 \times 0 \approx 6.73$$
リスク中立確率 — 状態価格の「化粧直し」
ここからが本題です。状態価格の合計 \(\psi_u + \psi_d = 0.9615\) は、ちょうど安全資産の割引係数 \(1/1.04\) に等しくなっています(当然です。全状態で1円もらえる=確実に1円なので)。
そこで、状態価格を合計で割って合計1になるように正規化してみます。
$$q_u = \frac{\psi_u}{\psi_u + \psi_d} = \frac{0.3365}{0.9615} = 0.35, \qquad q_d = 0.65$$
合計1で、どちらも正の数——これは確率のように振る舞います。この \(q\) がリスク中立確率です。これを使うと、価格の式は次の形に書き換えられます。
$$P = \frac{1}{1+r}\left[ q_u X_u + q_d X_d \right] = \frac{E^Q[X]}{1+r}$$
「リスク中立確率のもとでの期待値を、無リスク金利で割り引く」だけで、あらゆる資産が評価できる。リスク・プレミアムを推定する必要も、投資家の効用関数を知る必要もありません。
なぜこんな魔法が使えるのか——それは、リスク回避の影響がすでに状態価格(=市場価格)の中に織り込まれているからです。リスク中立確率は「投資家が本当にリスク中立だ」という主張ではなく、リスク調整を確率のほうに押し込んだ計算テクニックなのです。だから \(q\) は現実の確率(実確率 \(p\))とは一般に異なります。
実確率との違いを確認する
上の例で、現実の好況確率が \(p_u = 0.7\) だったとしましょう。
- 実確率での期待ペイオフ: \(0.7\times130 + 0.3\times90 = 118\) → 期待リターン18%
- リスク中立確率での期待ペイオフ: \(0.35\times130 + 0.65\times90 = 104\) → 4%(=無リスク金利)
リスク中立確率で計算すると、どんな資産も期待リターンが無リスク金利になるように確率が調整されています。実確率での18%と無リスク4%の差14%が、投資家が要求しているリスク・プレミアムです。実確率 \(p_u=0.7\) より \(q_u=0.35\) が小さいのは、リスク回避的な投資家が好況シナリオを割り引いて評価していることの表れです。
試験での問われ方
- 連立方程式から状態価格を求める(10年で8年)— 上の手順そのもの
- 状態価格からリスク中立確率を導く、またはその逆
- 状態価格を使って先物・オプションの現在価値を評価する
- リスクプレミアム・期待リターン・リターンの標準偏差の計算
- 大問末尾の理論正誤(「リスク中立確率は投資家がリスク中立であることを意味しない」など)
そしてこの考え方は、次の分野である二項モデル(10年連続出題)にそのまま接続します。二項モデルのリスク中立確率 \(q = \dfrac{(1+r)-d}{u-d}\) は、まさに今日の議論を1期間モデルに当てはめたものです。
学習への落とし込み
状態価格とリスク中立確率は投資理論 理論編 第4章 リスクニュートラル・プライシングで扱います。連立方程式を解く計算は必ず自分の手で再現してください。類題トレーニングで年度をまたいで解くと、同じ型の反復であることが分かります。
📖 あわせて学ぶ(無料講義・動画)
📚 参考文献・参考リンク
- 小林孝雄・芹田敏夫『新・証券投資論Ⅰ 理論篇』日本経済新聞出版
- 当サイト類題データベース(2016〜2025年度・753問)の集計