繰り返しゲームと協調 — なぜ「しっぺ返し」は強いのか
📅 2026年10月1日 公開
「明日もある」が結論を変える
囚人のジレンマでは、両者が協力したほうが得なのに、裏切りが支配戦略になって(5,5)の悪い均衡に落ちました。しかしこれは一度きりのゲームの話です。
同じ相手と何度も対戦するなら、今日の裏切りは明日以降の報復を招きます。将来を十分に重視するなら、協力を続けるほうが得になりうる——これが繰り返しゲームの世界です。過去10年の実試験では2016年度に加え、2025年度には問8がまるごと繰り返しゲーム(5点)で出題されており、比重が上がっている論点です。
設定 — 無限に繰り返される囚人のジレンマ
各期の利得表を次のようにします(協調=C、裏切り=D。左がA、右がBの利得)。
| B: 協調 | B: 裏切り | |
|---|---|---|
| A: 協調 | (3, 3) | (0, 5) |
| A: 裏切り | (5, 0) | (1, 1) |
1回限りなら (裏切り, 裏切り) = (1,1) がナッシュ均衡です。ここで割引因子 \(\delta\)(0 < δ < 1)を導入します。これは「1期後の1円は、今の \(\delta\) 円の価値」という将来価値の割引率で、δが大きいほど将来を重視することを意味します。
トリガー戦略 — 「一度裏切ったら、永久に報復」
次の戦略を考えます(グリム・トリガー戦略)。
最初は協調する。相手が一度でも裏切ったら、それ以降は永久に裏切り続ける。
両者がこの戦略を採るとき、協調が維持されるかを確かめます。
① ずっと協調した場合の利得
毎期3を得続けるので、割引現在価値は
$$3 + 3\delta + 3\delta^2 + \cdots = \frac{3}{1-\delta}$$
② 今期だけ裏切る場合の利得
今期は5を得られますが、翌期以降は永久に (1,1) が続きます。
$$5 + 1\cdot\delta + 1\cdot\delta^2 + \cdots = 5 + \frac{\delta}{1-\delta}$$
③ 協調が維持される条件
①≧② であれば、裏切る動機がありません。
$$\frac{3}{1-\delta} \ \ge\ 5 + \frac{\delta}{1-\delta}$$
両辺に \((1-\delta)\) を掛けて整理すると
$$3 \ge 5(1-\delta) + \delta \;\Rightarrow\; 3 \ge 5 - 4\delta \;\Rightarrow\; \delta \ge \frac{1}{2}$$
割引因子が1/2以上なら、協調がナッシュ均衡として維持されます。「将来を十分に大切に思うなら、目先の裏切りは割に合わない」——これが繰り返しゲームの核心的な結論です。
δは単なる利子率だけでなく、「関係が続く確率」とも解釈できます。毎期 δ の確率でゲームが続き、\(1-\delta\) の確率で終わるなら、期待利得は同じ式になります。
つまり「取引が続く見込みが高いほど、協力が成立しやすい」。一見の客より常連客に誠実な対応が生まれる理由、長期契約が信頼を生む理由が、この不等式に表れています。
しっぺ返し(Tit for Tat)戦略
グリム・トリガーは「一度の裏切りで永久に報復」という厳しい戦略ですが、より穏やかで有名なのがしっぺ返し戦略です。
最初は協調する。次からは、相手が前回やったことをそのまま真似る。
この戦略は、政治学者アクセルロッドが行ったコンピュータ選手権で優勝したことで広く知られるようになりました。強さの理由として、次の性質が挙げられています。
- 上品: 自分から裏切らない
- 報復的: 裏切られたら必ず仕返す(なめられない)
- 寛容: 相手が協調に戻れば、こちらも協調に戻る(報復を引きずらない)
- 明快: 行動が読みやすく、相手が協調のメリットを理解しやすい
有限回の繰り返しでは協調が壊れる
重要な注意点があります。繰り返し回数が有限で、その回数が両者に既知の場合、協調は成立しません。
理由はバックワードインダクションです。最終回には「将来の報復」が存在しないので、両者とも裏切ります。それが分かっているなら最終回の1つ前も裏切る……と逆算が続き、初回から裏切りになるのです。この結論(有限繰り返しでは協調が崩れる)は正誤問題で頻出なので、無限繰り返し(または終了時期が不確実な場合)との違いを明確に押さえてください。
学習への落とし込み
繰り返しゲームは経済 第5章 ゲーム理論と戦略的行動の発展論点です。計算問題は「協調維持の条件を求める不等式を立てて解く」という型が中心なので、上の3ステップ(協調の現在価値・裏切りの現在価値・比較)を再現できるようにしておきましょう。明日は投資理論の「状態価格とリスク中立確率」です。
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📚 参考文献・参考リンク
- 伊藤元重『入門経済学』第4版、日本評論社
- 当サイト類題データベース(2016〜2025年度・753問)の集計