ジェンセンの不等式とリスク回避度 — 効用関数の凹みが意味するもの
📅 2026年8月24日 公開
リスク回避には「数学的な正体」がある
期待効用の回で、「期待値が同じなら確実なほうを好む」という人間の性質を効用関数で表現しました。今回はその一歩先——なぜ効用関数が上に凸(凹関数)だとリスク回避になるのか、その数学的な核心であるジェンセンの不等式を解きほぐします。過去問10年分析で見たとおり、効用分野は毎年5点前後が固定配分され、確実等価額の計算は10年で7回。その計算すべての土台がこの不等式です。
ジェンセンの不等式 — 主張はワンフレーズ
関数 \(u\) が凹関数(上に凸)のとき、任意の確率変数 \(X\) について次が成り立ちます。
$$E[u(X)] \;\le\; u(E[X])$$
日本語にすると——「効用の期待値」は「期待値の効用」を超えられない。左辺はギャンブル \(X\) をそのまま受け入れたときの満足度、右辺はその期待値を確実にもらえるときの満足度です。つまりこの不等式は、「凹型の効用を持つ人は、同じ期待値なら確実なほうが必ずうれしい=リスク回避的」という命題そのものなのです(凸関数なら不等号が逆転し、リスク愛好的になります。直線なら等号、すなわちリスク中立です)。
図で腹落ちさせる — 弦は曲線の下にある
数式より図のほうが本質が見えます。上に凸な曲線 \(u(x)\) の上に、2点 \((a, u(a))\) と \((b, u(b))\) を取り、弦(直線)で結んでください。
- 曲線上の点: 確実な金額に対する効用
- 弦上の点: 「確率 p で a、確率 1−p で b」というギャンブルの期待効用 \(pu(a) + (1-p)u(b)\)
上に凸な曲線では、弦は必ず曲線の下にあります。同じ期待値 \(E[X]\) の位置で縦に比べると、曲線上の点 \(u(E[X])\)(確実にもらう)が、弦上の点 \(E[u(X)]\)(ギャンブルする)より必ず上——これがジェンセンの不等式の図解です。不等式を「暗記」する必要はありません。「凹関数では弦が下」という1枚の図を描ければ、その場で再現できます。
数値例 — 不等式から確実等価額まで一気通貫
\(u(x) = \sqrt{x}\)、ギャンブル X は「50%で400万円、50%で100万円」とします。
- 期待値: \(E[X] = 0.5 \times 400 + 0.5 \times 100 = 250\) 万円
- 期待値の効用(右辺): \(u(E[X]) = \sqrt{250} \approx 15.81\)
- 効用の期待値(左辺): \(E[u(X)] = 0.5\sqrt{400} + 0.5\sqrt{100} = 0.5 \times 20 + 0.5 \times 10 = 15\)
たしかに \(15 \le 15.81\) — ジェンセンの不等式どおりです。そしてこの差こそがリスクの「痛み」。確実等価額 CE は \(\sqrt{CE} = 15\) より CE = 225万円、リスク・プレミアムは \(250 - 225 = 25\) 万円と、期待効用の計算がそのままつながります。試験の計算問題は、この一連の流れを数値を変えて問うものが中心です。
「どれくらい」リスク回避的か — リスク回避度
凹んでいればリスク回避的——では、凹み方の強さはどう測るのでしょう。単純に2階微分 \(u''\)(負なら凹)を使いたくなりますが、効用関数は定数倍しても選好が変わらないため、\(u''\) の大きさ自体には意味がありません。そこで正規化した指標を使います。
$$\text{絶対的リスク回避度: } A(x) = -\frac{u''(x)}{u'(x)} \qquad \text{相対的リスク回避度: } R(x) = -\frac{x\,u''(x)}{u'(x)}$$
\(u(x)=\sqrt{x}\) なら \(A(x) = \frac{1}{2x}\)。資産 x が大きいほど A(x) が小さくなる——つまり「お金持ちほど同じ額のギャンブルを気にしなくなる」という直感的な性質(逓減的絶対リスク回避)が式に表れています。リスク回避度が大きい投資家ほど、確実等価額は小さく、要求するリスク・プレミアムは大きくなります。この対応関係は理論正誤問題の定番です。
学習への落とし込み
体系的な学習は投資理論 理論編 第1章 投資家の選好へ。不等式の証明、リスク許容度、リスク・ディスカウント額を含む演習まで、この記事の内容を試験レベルに引き上げられます。「u(x)を与えて期待効用→確実等価額→リスク・プレミアム」の3ステップは、類題トレーニングで手が覚えるまで反復してください。
※ 厳密に言えば(補注)
- ジェンセンの不等式が保証するのは弱い不等号 \(E[u(X)] \le u(E[X])\) です(厳密には \(X\) や \(u(X)\) の期待値が存在し、\(E[X]\) が \(u\) の定義域に入ることも前提)。X が定数の場合や u がその範囲で直線の場合は等号になります。「確実なほうが必ずうれしい」と厳密な不等号で言えるのは、本文の \(\sqrt{x}\) のように u が厳密に凹で、X が本当にばらつくギャンブルであるときです。
- 「弦は必ず曲線の下」も同様で、一般の凹関数で正確なのは「弦は曲線の下側または曲線上」です。厳密に凹な曲線で 2 点が異なり \(0 < p < 1\) なら、両端を除いて弦は厳密に曲線の下に来ます。
- 「この差こそがリスクの『痛み』」と呼んだ \(u(E[X]) - E[u(X)]\) は効用単位の差で、効用関数を正のアフィン変換(\(au+b\), \(a>0\))すると値が変わるため、その絶対値自体に一意の意味はありません。選好から一意に決まる金銭的な尺度は、本文で計算しているリスク・プレミアム \(E[X]-CE\) のほうです。
- 「リスク回避度が大きいほど確実等価額は小さく、リスク・プレミアムは大きい」という比較(アロー・プラットの定理)は、厳密には同一の初期資産・同一のリスクを前提に、関連するすべての資産水準で一方の絶対的リスク回避度が他方以上である場合に成り立ちます。ある一点での大小だけでは一般には順序を保証できません。
- 保険の補足について、弱い意味のリスク回避だけから導けるのは「最大支払保険料 ≥ 期待損失」までです。「期待損失より高い」と厳密な不等号で言うには、損失が非退化で効用関数が該当範囲で厳密に凹であることが必要です。また保険事業の成立には、支払意思のほかに事業費・逆選択・モラルハザード等の実務要因も関わります。
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📚 参考文献・参考リンク
- 小林孝雄・芹田敏夫『新・証券投資論Ⅰ 理論篇』日本経済新聞出版
- Wikipedia「イェンセンの不等式」