期待効用と確実等価額 — 投資理論の出発点をやさしく
📅 2026年8月7日 公開
あなたはどちらを選ぶ?
次の2つの選択肢を提示されたら、あなたはどちらを選びますか。
- A: コインを投げて表なら100万円、裏なら0円
- B: 確実に50万円もらえる
期待値はどちらも50万円で同じです。それでも多くの人はBを選びます。「同じ期待値なら、確実なほうが嬉しい」——この、誰もが持っている感覚を数学の言葉にしたものが期待効用理論であり、投資理論という科目全体の出発点です。配点50点の投資理論は、ここから始まるすべての理論(ポートフォリオ理論・CAPM・デリバティブ評価)の土台にこの考え方を置いています。
効用関数 — 金額を「嬉しさ」に変換する
期待効用理論では、投資家は金額 \(x\) そのものではなく、金額から得られる満足度 \(u(x)\)(効用)を評価すると考えます。ポイントは、多くの人の効用関数が上に凸(凹関数)だということです。
直感的に言えば「最初の100万円の嬉しさより、10億円持っているときの追加の100万円の嬉しさは小さい」——いわゆる限界効用の逓減です。この「上に凸」という形が、リスクを嫌う行動そのものを生み出します。
代表的な例として、\( u(x) = \sqrt{x} \) という効用関数で考えてみましょう。
期待効用を計算する
選択肢Aの評価は、「金額の期待値」ではなく「効用の期待値(期待効用)」で行います。金額の単位を万円として——
$$E[u(X)] = \frac{1}{2}u(100) + \frac{1}{2}u(0) = \frac{1}{2}\sqrt{100} + \frac{1}{2}\sqrt{0} = 5$$
一方、選択肢B(確実な50万円)の効用は
$$u(50) = \sqrt{50} \approx 7.07$$
期待効用5に対して確実な50万円の効用は約7.07。Bのほうが大きいので、この投資家はBを選びます。「期待値が同じなら確実なほうを好む」という直感が、凹関数の効用を通してきちんと数式で再現されました。この性質を持つ投資家をリスク回避的と呼びます。
確実等価額 — ギャンブルの「現金価値」
では、この投資家にとって選択肢Aのギャンブルは「確実な金額いくら」と同じ価値なのでしょうか。それを表すのが確実等価額(certainty equivalent, CE)です。定義は、ギャンブルと同じ効用を与える確実な金額——
$$u(CE) = E[u(X)]$$
今回の例では \( \sqrt{CE} = 5 \) を解いて
$$CE = 25\ \text{万円}$$
期待値50万円のギャンブルなのに、この投資家にとっての価値は確実な25万円と同じ。つまり「このくじを25万円で買い取ってもらえるなら手放してよい」ということです。
リスク・ディスカウント額 — 不確実性の値段
期待値と確実等価額の差を、投資理論ではリスク・ディスカウント額と呼びます(一般の経済学ではリスク・プレミアムと呼ばれることもありますが、投資理論で「リスク・プレミアム」と言えば、後述する期待超過リターンを指すのが通例です)。
$$\pi = E[X] - CE = 50 - 25 = 25\ \text{万円}$$
この25万円は、「不確実性を取り除いてもらうためなら支払ってもよい金額」を意味します。ここに、2つの巨大産業の原理が隠れています。
- 保険: 契約者は期待損失より高い保険料を払ってでも不確実性を手放したい(リスク・ディスカウント額を支払う側)。保険会社は大数の法則でリスクをプールし、その差額を受け取ります。アクチュアリーが設計しているのは、まさにこの仕組みです。
- 投資: 投資家がリスク資産を保有するのは、安全資産より高い期待リターン(こちらが投資理論でいうリスク・プレミアム=期待超過リターンです)が上乗せされているからです。「株式はなぜ債券より期待リターンが高いのか」の理論的な答えがここにあります。
リスク回避度が変わると何が変わるか
効用関数の凹み方(曲がり具合)が強い人ほどリスク回避的で、確実等価額は小さく、要求するリスク・プレミアムは大きくなります。同じ \(x^a\) 型でも——
| 効用関数 | 性格 | 選択肢Aの確実等価額 |
|---|---|---|
| \( u(x) = x \)(直線) | リスク中立的 | 50万円(期待値と同じ) |
| \( u(x) = \sqrt{x} \) | リスク回避的 | 25万円 |
| \( u(x) = x^{1/4} \) | より強くリスク回避的 | 約6.25万円 |
投資理論の試験問題では、与えられた効用関数から期待効用・確実等価額・リスク・ディスカウント額を計算させる形が学習の基本形になります。上の例のように「期待効用を計算 → 効用の逆関数でCEを求める → 期待値との差を取る」という3ステップを、手が覚えるまで練習しておきましょう。
ここから投資理論のすべてが始まる
期待効用理論は、それ自体が試験範囲であると同時に、この先のすべての理論の前提です。ポートフォリオ理論の「同じリターンならリスクの小さい組合せを選ぶ」も、CAPMの「βが高い資産ほど高い期待リターンが要求される」も、根っこにあるのはリスク回避的な投資家の期待効用最大化です。
体系的な学習は、講義の投資理論 理論編 第1章 投資家の選好からどうぞ。ジェンセンの不等式の証明や、リスク・ディスカウント額を含む演習問題まで、この記事の内容を試験レベルまで引き上げられます。
※ 厳密に言えば(補注)
- 本文の確実等価額の計算は、初期資産をゼロとし、\(x\) をくじの結果を含む最終的な保有額とみなした場合のものです。一般には初期資産 \(w\) を含めて \( u(w+CE) = E[u(w+X)] \) で定義され、同じくじでも初期資産の大きさによって確実等価額は変わります。
- 表中の \( u(x) = x^{1/4} \) に対する確実等価額は \( \left(\sqrt{10}/2\right)^4 = 100/16 = 6.25 \) 万円と割り切れるため、厳密には「約」のつかない正確な値です。
- 実際の保険料には、期待損失とリスクに応じた上乗せのほかに、事業費・資本コスト・利益なども含まれます。また、大数の法則によるリスクのプールが有効なのは互いに独立に近い多数のリスクであり、巨大災害のような相関の強いリスクには再保険や資本による手当ても必要です。
- 平均・分散に基づくポートフォリオ理論やCAPMが期待効用最大化と厳密に整合するには、収益率の正規性や2次効用といった追加的な仮定が必要です。また、デリバティブ評価は無裁定条件・複製ポートフォリオに基づく枠組みが中心で、個々の投資家の期待効用最大化を直接の出発点としない理論もあります。
📖 あわせて学ぶ(無料講義・動画)
📚 参考文献・参考リンク
- 小林孝雄・芹田敏夫『新・証券投資論Ⅰ 理論篇』日本経済新聞出版
- Wikipedia「期待効用」