価格弾力性とは — 「値上げで売上が増える」の分かれ目
📅 2026年8月6日 公開
値上げは得か損か — 答えは「モノによる」
ある商品を10%値上げしたら、売上(収入)は増えるでしょうか、減るでしょうか。直感的には「値上げすれば客が減るから損しそう」ですが、実際には増える商品と減る商品がはっきり分かれます。この分かれ目を数値で判定する道具が、需要の価格弾力性です。
需要の価格弾力性の定義
需要の価格弾力性(price elasticity of demand)は、「価格が1%変化したとき、需要量が何%変化するか」を表す指標です。
$$\varepsilon = -\frac{\text{需要量の変化率}}{\text{価格の変化率}} = -\frac{\Delta Q / Q}{\Delta P / P}$$
価格が上がると需要量は普通は減るので、変化率の比はマイナスになります。慣例としてマイナス符号を付けて正の数で表すことが多い(本サイトもこの流儀)ので、符号の扱いには常に注意してください。
- \( \varepsilon > 1 \): 弾力的 — 価格の変化以上に需要が大きく反応する
- \( \varepsilon < 1 \): 非弾力的 — 価格が変わっても需要はあまり動かない
- \( \varepsilon = 1 \): 単位弾力的 — ちょうど同率で反応する
数値例 — コーヒーとガソリン
2つの商品で計算してみましょう。
| カフェのコーヒー | ガソリン | |
|---|---|---|
| 値上げ幅 | 400円 → 440円(+10%) | 170円 → 187円(+10%) |
| 需要の反応 | 1日200杯 → 160杯(−20%) | 1日1,000L → 950L(−5%) |
| 弾力性 | \( \varepsilon = 20/10 = 2.0 \)(弾力的) | \( \varepsilon = 5/10 = 0.5 \)(非弾力的) |
| 収入の変化 | 8.0万円 → 7.04万円(減収) | 17.0万円 → 17.77万円(増収) |
コーヒーは近所に代わりの店がいくらでもあるので、値上げすると客は簡単に逃げます(弾力的)。一方ガソリンは、通勤に車が必要な人にとって短期間では減らしようがない(非弾力的)。同じ10%の値上げでも、収入への影響は正反対になりました。
弾力性と収入の関係 — 試験でも実務でも核になる公式
売上収入は \( TR = P \times Q \) です。価格を上げると P は増えますが Q が減る——どちらの効果が勝つかを弾力性が教えてくれます。
値下げの場合はちょうど逆で、弾力的な財ほど値下げが増収につながる。
「セールで儲かるのは弾力的な商品、値上げで儲かるのは非弾力的な商品」と覚えておくと、符号の混乱を防げます。
何が弾力性の大小を決めるのか
弾力性は商品の性質から、ある程度読み取ることができます。
- 代替品の存在: 代わりが利くものほど弾力的。特定ブランドのコーヒーは弾力的でも、「飲料全体」は非弾力的です。
- 必需品か贅沢品か: 生活必需品(米・電気・医薬品)は非弾力的、贅沢品(旅行・外食)は弾力的な傾向があります。
- 支出に占める割合: 家計に占める金額が小さいもの(塩・消しゴム)は、値上げされても気にされにくく非弾力的です。
- 時間の長さ: 短期では非弾力的でも、長期では消費者が行動を変えられる(燃費の良い車に乗り換える等)ため弾力的になります。
点弾力性 — 微分で定義する
ここまでの「変化率の比」は2点間の平均的な弾力性です。試験の計算問題では、需要曲線上の1点における点弾力性を微分で求める形が基本になります。
$$\varepsilon = -\frac{dQ}{dP}\cdot\frac{P}{Q}$$
たとえば需要関数が \( Q = 120 - 2P \) のとき、\( P = 40 \)(このとき \( Q = 40 \))における点弾力性は、\( dQ/dP = -2 \) なので
$$\varepsilon = -(-2)\times\frac{40}{40} = 2.0$$
となり、この点では弾力的と判定できます。同じ直線の需要曲線でも、どの点で測るかによって弾力性は変わる(価格が高い領域ほど弾力的になる)ことに注意してください。「直線だから弾力性も一定」は典型的な誤解です。
アクチュアリーにとっての弾力性
弾力性の考え方は、経済分野の学習全体の入口です。次章以降で学ぶ消費者余剰や税の帰着(税金を実質的に負担するのは売り手か買い手か)の分析は、すべて弾力性の理解が土台になります。また保険の世界でも「保険料を上げたら契約はどれだけ減るか」という料率改定の議論は、まさに需要の価格弾力性の実務版です。
より丁寧な図解と演習問題は、講義の経済 第1章 需要と供給で用意しています。需要曲線・供給曲線の基礎から、この記事の内容を体系的に学び直せます。
※ 厳密に言えば(補注)
- 表のガソリンの値上げ後の収入は、正確には 187円 × 950L = 177,650円(17.765万円)です。本文の「17.77万円」は小数第2位まで四捨五入した値です。
- 本文の弾力性の計算は、値上げ前の価格・数量を基準にした変化率によるものです。2点間の弾力性を方向によらず測る「弧弾力性」では、通常は両端の平均値(中点)を基準に用います。中点法で計算すると、コーヒーの例の弾力性は約2.33になります。
- 「非弾力的(\( \varepsilon < 1 \))なら値上げで増収」という関係は、厳密には微小な価格変化(点弾力性による局所的な判断)について成り立つものです。値上げ率 \( g \) の有限の値上げを値上げ前基準で計算する場合、増収条件は \( \varepsilon < 1/(1+g) \)(10%値上げなら約0.909)となり、弾力性が1をわずかに下回る程度では減収になることもあります。
- 消費者余剰そのものは、需要曲線が表す支払意思額と市場価格の差として定義されるため、その理解に弾力性が必須というわけではありません。弾力性が中心的な役割を果たすのは、税の帰着や死荷重など、価格変化への数量反応を扱う分析です。
- 点弾力性を微分で求める方法はミクロ経済学の標準的な手法ですが、実際の出題形式・頻度は年度によって異なるため、最新の試験問題・シラバスで確認してください。
- 保険の料率改定の影響分析では、保険料への需要反応だけでなく、保障内容・競合他社の料率・契約者構成の変化など多くの要因が同時に関わります。価格弾力性はその中の重要な考え方の一つであり、実務の分析はより多面的です。
📖 あわせて学ぶ(無料講義・動画)
📚 参考文献・参考リンク
- 伊藤元重『入門経済学』第4版、日本評論社
- Wikipedia「需要の価格弾力性」