「黄金のクロス」からはじまる経済学 ― 価格と数量はどう決まるのか。
経済学の教科書のほぼすべての章で出てくるのが、右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線です。この「黄金のクロス」は、モノの価格、賃金、為替レート、金利 ― ありとあらゆる経済現象の分析に使えます。まさに、経済学は需要と供給に始まり、需要と供給に終わるといっても過言ではありません。
縦軸に価格 $P$、横軸に数量 $Q$ をとります。まずは需要曲線から。
価格が下がれば需要(買いたい量)は増え、価格が上がれば需要は減る ― この関係を表したのが需要曲線です。だから右下がり。
図 1-1 では、カフェラテの価格が 400 円のとき需要は 4,000 杯、250 円で 10,000 杯、100 円で 16,000 杯。安ければ買う人が増えるという、誰でも実感できる関係です。
価格が高くなれば供給(売りたい量)は増え、価格が低くなれば供給は減る ― これを表したのが供給曲線です。だから右上がり。
カフェラテの価格が高く売れるなら、店舗を増やしたり、他の業種から参入したりする人も出てきます。逆に安い値段しかつかないなら、赤字覚悟で売り続ける店は少なくなります。
需要曲線と供給曲線の交点(図 1-1 の点 E)は、経済学における最重要ポイントです。この点で需要と供給が一致するからです。
市場で観察される「だいたいこれくらいの価格」は、この均衡点で表される水準に収束すると考えます。
もし価格が均衡価格からズレたら、どうなるでしょう。図 1-1 で見てみましょう。
| 価格の状態 | 数量の関係 | 呼称 | 価格への影響 |
|---|---|---|---|
| 価格 400 円 (均衡より高い) |
需要 4,000 < 供給 20,000 | 超過供給(売れ残り) | 価格は下がる ↓ |
| 価格 100 円 (均衡より低い) |
需要 16,000 > 供給 6,000 | 超過需要(買えない人続出) | 価格は上がる ↑ |
この価格の自己調整機能により、市場は自然と均衡点に向かって動きます。超過供給なら「安売りセール」、超過需要なら「値上げ」というわけです。
需要供給曲線の交点で価格が決まるという考え方は、多数の売り手と多数の買い手が存在する「完全競争市場(perfect competition)」を前提にしています。個々の売り手は自分の意志で価格をつけているつもりでも、実際にはマーケットで決まった価格に縛られている ― その縛りが需要と供給のバランスから生じているのです。
需要曲線の傾きには重要な経済的意味があります。傾きが急(ほぼ垂直)なら、価格が変わっても需要はあまり変わらない。傾きがなだらか(ほぼ水平)なら、わずかな価格変化で需要が大きく動く。この性質を「価格弾力性」(price elasticity)と呼びます。
ここで面白い現象を紹介します。トマトの収穫が倍になったのに、農家全体の収入がかえって減るという「豊作貧乏」(farm paradox)です。
図 1-3 を見てください。トマトは必需品(野菜)なので、需要曲線の傾きは急(非弾力的)。一方、トマトは短期的には価格に合わせて収穫量を変えられないので、供給曲線は垂直線で表されます。
驚くことに、収穫が倍になったのに、売上は約 4.5 分の 1 にまで減ってしまいます。これが豊作貧乏です。
需要曲線や供給曲線は、経済学者が頭の中で考え出した抽象的な道具です。でも、実際の価格と数量のデータからその形を「推定」することはできるのでしょうか?
例えば、トマトの過去 10 年分の「収穫量」と「価格」をグラフにプロットしてみましょう。もし点がひとつの右下がりの曲線上にきれいに並んでいたら ― それは需要曲線の形を表している可能性が高いのです。
この条件のもとで、観察される(年ごとの収穫量, 価格)のペアは、安定した需要曲線と、その年の供給曲線との交点となります。供給曲線が動くたびに需要曲線上の違う点を通るので、点をつなぐと需要曲線の形が浮かび上がるわけです。
これまで、需要曲線や供給曲線を「動かない」ものとして扱ってきました。しかし、価格以外の要因が変わると、曲線自体が動きます。これをシフトと呼びます。
大都市近郊に新しい通勤鉄道が開通したとします。常識的には地価は上昇しそうですが、どれくらい上がるのかは供給曲線の弾力性によって違います。
| ケース | 供給曲線の性質 | 地価変動 | 地主の行動 |
|---|---|---|---|
| ① | 非弾力的(傾き急) | 大幅に上昇(+23.1) | 地価が上がっても土地を手放さない(売り惜しみ) |
| ② | 弾力的(傾きなだらか) | 小幅に上昇(+12) | 地価がわずかに上がれば土地を手放す |
供給曲線が右下がり(価格が上がるほど供給が減る)というレアケースもあります。たとえば、地主が「今、価格が高くても、もっと上がると思うから売り惜しむ」という投機的な行動をとると、地価上昇で宅地供給はかえって減少します。この場合、鉄道開通による需要増加がすべて地価上昇に吸収され、宅地は増えないどころか減ることも。
消費税が 10% に上がったら、商品の価格も 10% 上がる ― 直感的にはそう思いがちですが、話はそんなに単純ではありません。需要供給分析を使うと、税の一部は消費者が、残りは生産者が負担することが見えてきます。
10% の消費税が課されると、供給曲線が 10% 分だけ上方にシフトします。生産者は「税抜きの価格」を見て供給を決めるので、税金を乗せるには消費者価格がその分上がらないと同じ量を供給しないからです。
図 1-5 を見比べると、同じ 10% の消費税でも、弾力性によって配分がまったく違うことがわかります。
| ケース | 需要の弾力性 | 供給の弾力性 | 消費者負担 | 生産者負担 |
|---|---|---|---|---|
| ① | 非弾力的 | 弾力的 | 税の約 78% | 約 22% |
| ② | 弾力的 | 非弾力的 | 約 20% | 税の約 80% |
「弾力性が低い(=逃げられない)ほうが多く負担する」
問 1 次の文章の空欄を埋めてください。
(1) 需要曲線と供給曲線が交わる点の価格を( )という。価格がこれより高いと( )の状態にあり、低いと( )の状態にある。
(2) 生産量が増えると価格が大幅に下がって生産者がかえって損をする現象を( )と呼ぶ。これは需要が価格に対して( )な場合に起こる。
(1) 均衡価格/超過供給/超過需要
(2) 豊作貧乏/非弾力的
問 2 ある財の需要曲線と供給曲線が次のように与えられている。$D$ は需要量、$S$ は供給量、$P$ は価格を表す。均衡価格と均衡数量を求めてください。
$D = 120 - 2P$
$S = 4P$
均衡条件:$D = S$
$120 - 2P = 4P \Rightarrow 6P = 120 \Rightarrow P = \textbf{20}$
数量:$Q = 4 \times 20 = \textbf{80}$
問 3 上と同じ需要・供給曲線で、1 単位あたり 12 円の消費税(物品税)が課された場合、均衡価格(消費者価格)と均衡数量を求めてください。また、消費税が消費者と生産者にどのように配分されるかを示してください。
税込みの供給曲線:生産者は同じ生産者価格で供給するので、消費者価格 $P$ のもとで生産者が受け取るのは $P - 12$。
つまり $S = 4(P - 12) = 4P - 48$。
均衡条件:$120 - 2P = 4P - 48 \Rightarrow 6P = 168 \Rightarrow P = \textbf{28}$
数量:$Q = 120 - 2 \times 28 = \textbf{64}$
配分:
税収 = 12 円 × 64 個 = 768 円。
問 4 次の記述は正しいか、誤りか、判断できないか、答えてください。
(1) 供給が価格に対して非弾力的だと、需要が外生的に増えても価格はあまり変化しない。
(2) 需要の価格弾力性が小さいと、消費税の大半は消費者価格に転嫁される。
(3) 需要曲線が右にシフトすると、均衡価格は必ず上昇する。
(1) 誤り。供給が非弾力的(垂直に近い)なら、需要増加時に価格が大きく上昇する(地価の例)。
(2) 正しい。需要が非弾力的だと消費者は価格が上がっても買うしかないので、税は消費者価格に転嫁される。
(3) 正しい(ただし供給曲線が通常の右上がりの場合)。需要の右シフトは均衡点を右上に動かすため、均衡価格は上昇する。
問 5 トマトの年間収穫量と価格を過去 10 年分プロットしたら、点をつなげるとひとつの曲線上にきれいに並んだ。この曲線は何を表していると考えられるか。成立している前提条件もあわせて説明してください。
この曲線は、トマトに対する需要曲線を表していると考えられる。
前提条件:
(1) トマトの需要曲線は期間中ほぼ安定している(所得や嗜好の変化による需要シフトが小さい)。
(2) 供給曲線だけが天候などの要因で年ごとに変動している(供給曲線は垂直線で、毎年異なる位置)。
(3) 観測される各年の(収穫量, 価格)は「その年の供給曲線」と「安定した需要曲線」の交点なので、結果として需要曲線上の点を拾っている。
→ 点をつなぐと需要曲線の形状が浮かび上がる。これは計量経済学で需要関数を推定する基本アプローチである。
問 6 ある財の需要曲線は $D = 200 - P$、供給曲線は $S = 2P - 100$ で与えられる。
(1) 均衡価格と均衡数量を求めよ。
(2) この財に 30 の消費税(従量税)が課されたとき、新しい均衡価格・数量・消費者負担・生産者負担・税収を求めよ。
(1) $200 - P = 2P - 100 \Rightarrow 3P = 300 \Rightarrow P = \textbf{100}$, $Q = 200 - 100 = \textbf{100}$
(2) 税込みの供給:$S = 2(P - 30) - 100 = 2P - 160$
均衡条件:$200 - P = 2P - 160 \Rightarrow 3P = 360 \Rightarrow P = \textbf{120}$
数量:$Q = 200 - 120 = \textbf{80}$
需要の弾力性(均衡近傍):$|dQ/dP| \times (P/Q) = 1 \times (100/100) = 1$
供給の弾力性:$2 \times (100/100) = 2$
→ 供給の方が弾力的なので、消費者負担がより大きい(20 vs 10)。
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