経済 ― 第1章

需要と供給

「黄金のクロス」からはじまる経済学 ― 価格と数量はどう決まるのか。

経済学のほぼすべての場面で活躍する最重要の分析道具、それが需要曲線と供給曲線です。 縦軸に価格、横軸に数量をとって描いた 2 本の線の交点が、市場での価格と取引量を決める ― この「黄金のクロス(十字架)」は、農産物の価格、地価、消費税の負担配分、さらには為替レートや金利の決定にも使える、驚くほど応用範囲の広い枠組みです。 本章では、需要と供給の基本から、価格弾力性豊作貧乏需要シフト消費税の転嫁まで、5 枚の図で一気に俯瞰します。

🎯 この章でマスターしておきたいこと

📚 本章の流れ

  1. 需要と供給の基本 ― 黄金のクロス
  2. 需要と供給の一致 ― 均衡と調整メカニズム
  3. 価格弾力性と豊作貧乏
  4. 需要シフトの応用 ― 鉄道開通と地価
  5. 消費税の転嫁 ― 誰が税を負担するのか
  6. 要点まとめ
  7. 演習

1. 需要と供給の基本 ― 黄金のクロス

1.1 2 本の曲線が支配する経済学

経済学の教科書のほぼすべての章で出てくるのが、右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線です。この「黄金のクロス」は、モノの価格、賃金、為替レート、金利 ― ありとあらゆる経済現象の分析に使えます。まさに、経済学は需要と供給に始まり、需要と供給に終わるといっても過言ではありません。

黄金のクロス(需要供給曲線)
図 1-1 黄金のクロス ― カフェラテ市場における需要曲線と供給曲線

1.2 需要曲線が右下がりになる理由

縦軸に価格 $P$、横軸に数量 $Q$ をとります。まずは需要曲線から。

需要曲線(demand curve)

価格が下がれば需要(買いたい量)は増え、価格が上がれば需要は減る ― この関係を表したのが需要曲線です。だから右下がり。

図 1-1 では、カフェラテの価格が 400 円のとき需要は 4,000 杯、250 円で 10,000 杯、100 円で 16,000 杯。安ければ買う人が増えるという、誰でも実感できる関係です。

1.3 供給曲線が右上がりになる理由

供給曲線(supply curve)

価格が高くなれば供給(売りたい量)は増え、価格が低くなれば供給は減る ― これを表したのが供給曲線です。だから右上がり。

カフェラテの価格が高く売れるなら、店舗を増やしたり、他の業種から参入したりする人も出てきます。逆に安い値段しかつかないなら、赤字覚悟で売り続ける店は少なくなります。

曲線と呼んでいるのに、図では直線で描かれているのが気になる人もいるかもしれません。これはあくまで「絵を単純にするため」の近似で、数学的に直線である必要はありません。本格的には「数量の増加に伴って傾きが変わるカーブ」ですが、本章ではずっと直線で説明します。「曲線」という呼び方だけが慣習として残っているんですね。

2. 需要と供給の一致 ― 均衡と調整メカニズム

2.1 均衡点 ― 2 本の曲線の交点

需要曲線と供給曲線の交点(図 1-1 の点 E)は、経済学における最重要ポイントです。この点で需要と供給が一致するからです。

均衡(equilibrium)

市場で観察される「だいたいこれくらいの価格」は、この均衡点で表される水準に収束すると考えます。

2.2 超過需要と超過供給 ― 価格の自己調整

もし価格が均衡価格からズレたら、どうなるでしょう。図 1-1 で見てみましょう。

価格の状態数量の関係呼称価格への影響
価格 400 円
(均衡より高い)
需要 4,000 < 供給 20,000 超過供給(売れ残り) 価格は下がる
価格 100 円
(均衡より低い)
需要 16,000 > 供給 6,000 超過需要(買えない人続出) 価格は上がる

この価格の自己調整機能により、市場は自然と均衡点に向かって動きます。超過供給なら「安売りセール」、超過需要なら「値上げ」というわけです。

「でも現実には、店によってカフェラテの価格はバラバラじゃないか」と思った方、鋭いです。経済学が扱うのは市場全体の平均的な価格。一物一価の法則(第 4 章で詳説)があり、高すぎる店は客を失うので極端な価格差は長く続きません。個別の店の事情は「ノイズ」として平均化し、マーケット全体の動きを追う ― これがミクロ経済学の基本スタンスです。

2.3 完全競争市場という前提

需要供給曲線の交点で価格が決まるという考え方は、多数の売り手と多数の買い手が存在する「完全競争市場(perfect competition)」を前提にしています。個々の売り手は自分の意志で価格をつけているつもりでも、実際にはマーケットで決まった価格に縛られている ― その縛りが需要と供給のバランスから生じているのです。

3. 価格弾力性と豊作貧乏

3.1 価格弾力性 ― 需要曲線の「傾き」が語るもの

需要曲線の傾きには重要な経済的意味があります。傾きが(ほぼ垂直)なら、価格が変わっても需要はあまり変わらない。傾きがなだらか(ほぼ水平)なら、わずかな価格変化で需要が大きく動く。この性質を「価格弾力性」(price elasticity)と呼びます。

需要の価格弾力性(絶対値で表示) $$\varepsilon = -\frac{\Delta Q / Q}{\Delta P / P} = \frac{\text{需要量の変化率}}{\text{価格の変化率}}$$
価格弾力性のまとめ
図 1-2 価格弾力性の大小による需給反応の違い ― 非弾力的 vs 弾力的

3.2 豊作貧乏 ― 収穫が増えたのに農家が貧しくなる謎

ここで面白い現象を紹介します。トマトの収穫が倍になったのに、農家全体の収入がかえって減るという「豊作貧乏」(farm paradox)です。

豊作貧乏のメカニズム
図 1-3 豊作貧乏のメカニズム ― 需要が非弾力的だと供給増で価格が急落

図 1-3 を見てください。トマトは必需品(野菜)なので、需要曲線の傾きは急(非弾力的)。一方、トマトは短期的には価格に合わせて収穫量を変えられないので、供給曲線は垂直線で表されます。

驚くことに、収穫が倍になったのに、売上は約 4.5 分の 1 にまで減ってしまいます。これが豊作貧乏です。

なぜ豊作貧乏が起きる?
需要の価格弾力性が小さい(必需品)= 価格が大きく下がっても需要は少ししか増えない。だから供給が倍になっても需要がそれを吸収するには、価格が相当下落しないといけない。結果として、数量増加分を価格下落分が大きく上回り、総収入(価格 × 数量)はむしろ減るのです。
途上国の経済問題にも、この豊作貧乏が影を落としています。農業中心の途上国が一生懸命生産を増やしても、需要が非弾力的な一次産品(コーヒー豆・カカオ・綿花など)では、がんばるほど所得が減る構造に陥りかねません。石油価格の乱高下も同じメカニズム ― 需要の価格弾力性が低いから、供給が少し変化するだけで価格が激しく動くんです。

3.3 データから需要曲線を読み取る

需要曲線や供給曲線は、経済学者が頭の中で考え出した抽象的な道具です。でも、実際の価格と数量のデータからその形を「推定」することはできるのでしょうか?

例えば、トマトの過去 10 年分の「収穫量」と「価格」をグラフにプロットしてみましょう。もし点がひとつの右下がりの曲線上にきれいに並んでいたら ― それは需要曲線の形を表している可能性が高いのです。

データから需要曲線が浮かび上がる条件
  1. 需要曲線は安定している:所得・嗜好などの外生要因があまり変化しない
  2. 供給曲線だけが動く:天候などの要因で供給量が年ごとに変動する(垂直な供給曲線が左右にシフト)

この条件のもとで、観察される(年ごとの収穫量, 価格)のペアは、安定した需要曲線と、その年の供給曲線との交点となります。供給曲線が動くたびに需要曲線上の違う点を通るので、点をつなぐと需要曲線の形が浮かび上がるわけです。

この考え方が、現代の計量経済学という分野の基本アプローチ。コンピュータで大量のデータを回帰分析して、需要関数・供給関数を統計的に推定する手法が、ビジネスと政策の両面で広く活用されています。牛肉の輸入自由化で国内需要がどう動くか、消費税の税率変更で税収がいくら動くか ― こうした予測の裏で、まさにこのメカニズムが働いているんです。

4. 需要シフトの応用 ― 鉄道開通と地価

4.1 需要曲線のシフトとは

これまで、需要曲線や供給曲線を「動かない」ものとして扱ってきました。しかし、価格以外の要因が変わると、曲線自体が動きます。これをシフトと呼びます。

需要曲線をシフトさせる要因の例

4.2 鉄道開通と地価 ― 供給の弾力性が地価を決める

大都市近郊に新しい通勤鉄道が開通したとします。常識的には地価は上昇しそうですが、どれくらい上がるのか供給曲線の弾力性によって違います。

通勤新線と地価
図 1-4 通勤新線の開通と地価 ― 供給の価格弾力性で地価変動の大きさが決まる
ケース供給曲線の性質地価変動地主の行動
非弾力的(傾き急) 大幅に上昇(+23.1) 地価が上がっても土地を手放さない(売り惜しみ)
弾力的(傾きなだらか) 小幅に上昇(+12) 地価がわずかに上がれば土地を手放す

4.3 応用例 ― 供給曲線が右下がりになるケース

供給曲線が右下がり(価格が上がるほど供給が減る)というレアケースもあります。たとえば、地主が「今、価格が高くても、もっと上がると思うから売り惜しむ」という投機的な行動をとると、地価上昇で宅地供給はかえって減少します。この場合、鉄道開通による需要増加がすべて地価上昇に吸収され、宅地は増えないどころか減ることも。

ちょっと応用的な話ですが、日本の 1980 年代後半のバブル期には、地価上昇の期待から「今売ると損」と考える地主が土地を手放さず、宅地供給がむしろ絞られたことで地価がさらに暴騰する ― という「供給曲線が右下がり」のような現象が実際に起きました。バブル崩壊後、「失われた 20 年」の発端になった現象です。需要供給分析は、ただの教科書理論ではなく、バブルや金融危機を読み解く道具でもあるんです。

5. 消費税の転嫁 ― 誰が税を負担するのか

5.1 税率上昇 = 価格上昇ではない

消費税が 10% に上がったら、商品の価格も 10% 上がる ― 直感的にはそう思いがちですが、話はそんなに単純ではありません。需要供給分析を使うと、税の一部は消費者が、残りは生産者が負担することが見えてきます。

5.2 供給曲線のシフトで税を表現

10% の消費税が課されると、供給曲線が 10% 分だけ上方にシフトします。生産者は「税抜きの価格」を見て供給を決めるので、税金を乗せるには消費者価格がその分上がらないと同じ量を供給しないからです。

消費税の転嫁
図 1-5 消費税はだれが負担するのか ― 価格弾力性による負担配分の違い

5.3 弾力性で負担配分が決まる

図 1-5 を見比べると、同じ 10% の消費税でも、弾力性によって配分がまったく違うことがわかります。

ケース需要の弾力性供給の弾力性消費者負担生産者負担
非弾力的 弾力的 税の約 78% 約 22%
弾力的 非弾力的 約 20% 税の約 80%
税の転嫁ルール(覚え方)

「弾力性が低い(=逃げられない)ほうが多く負担する」

なぜ「逃げられないほう」が負担するのか?
税金が課されると、消費者価格と生産者価格の間に差額(=税額)が生じます。どちらの価格がより大きく変化するかは、「弾力性が低い側は価格の変化にあまり反応できない」=「価格を動かしても需給のバランスが取れない」ので、結局そちら側の価格調整で飲み込まざるをえないからです。
KKT 試験では「ある財の消費税が課されたとき、価格がいくらに上がるか」「税負担はどちらに多くかかるか」を計算させる問題が出題されます。試験場で落ち着いて需要・供給の式から均衡を連立方程式で解き、税後の均衡を求める手順が王道。演習問題で実際に手を動かして確認しておきましょう。

💡 第 1 章 要点まとめ

✍️ 演習(クリックで解答表示)

問 1 次の文章の空欄を埋めてください。
(1) 需要曲線と供給曲線が交わる点の価格を(  )という。価格がこれより高いと(  )の状態にあり、低いと(  )の状態にある。
(2) 生産量が増えると価格が大幅に下がって生産者がかえって損をする現象を(  )と呼ぶ。これは需要が価格に対して(  )な場合に起こる。

解答を見る

(1) 均衡価格/超過供給/超過需要

(2) 豊作貧乏/非弾力的

問 2 ある財の需要曲線と供給曲線が次のように与えられている。$D$ は需要量、$S$ は供給量、$P$ は価格を表す。均衡価格と均衡数量を求めてください。

$D = 120 - 2P$
$S = 4P$

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均衡条件:$D = S$

$120 - 2P = 4P \Rightarrow 6P = 120 \Rightarrow P = \textbf{20}$

数量:$Q = 4 \times 20 = \textbf{80}$

問 3 上と同じ需要・供給曲線で、1 単位あたり 12 円の消費税(物品税)が課された場合、均衡価格(消費者価格)と均衡数量を求めてください。また、消費税が消費者と生産者にどのように配分されるかを示してください。

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税込みの供給曲線:生産者は同じ生産者価格で供給するので、消費者価格 $P$ のもとで生産者が受け取るのは $P - 12$。
つまり $S = 4(P - 12) = 4P - 48$。

均衡条件:$120 - 2P = 4P - 48 \Rightarrow 6P = 168 \Rightarrow P = \textbf{28}$

数量:$Q = 120 - 2 \times 28 = \textbf{64}$

配分:

  • 税前の均衡価格 20 円 → 税後 28 円。消費者価格 +8 円 → 消費者負担 8 円(税 12 円の 67%)
  • 生産者受取 = 28 − 12 = 16 円 → 税前 20 円から 4 円下落 → 生産者負担 4 円(税 12 円の 33%)

税収 = 12 円 × 64 個 = 768 円

問 4 次の記述は正しいか、誤りか、判断できないか、答えてください。
(1) 供給が価格に対して非弾力的だと、需要が外生的に増えても価格はあまり変化しない。
(2) 需要の価格弾力性が小さいと、消費税の大半は消費者価格に転嫁される。
(3) 需要曲線が右にシフトすると、均衡価格は必ず上昇する。

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(1) 誤り。供給が非弾力的(垂直に近い)なら、需要増加時に価格が大きく上昇する(地価の例)。

(2) 正しい。需要が非弾力的だと消費者は価格が上がっても買うしかないので、税は消費者価格に転嫁される。

(3) 正しい(ただし供給曲線が通常の右上がりの場合)。需要の右シフトは均衡点を右上に動かすため、均衡価格は上昇する。

問 5 トマトの年間収穫量と価格を過去 10 年分プロットしたら、点をつなげるとひとつの曲線上にきれいに並んだ。この曲線は何を表していると考えられるか。成立している前提条件もあわせて説明してください。

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この曲線は、トマトに対する需要曲線を表していると考えられる。

前提条件
(1) トマトの需要曲線は期間中ほぼ安定している(所得や嗜好の変化による需要シフトが小さい)。
(2) 供給曲線だけが天候などの要因で年ごとに変動している(供給曲線は垂直線で、毎年異なる位置)。
(3) 観測される各年の(収穫量, 価格)は「その年の供給曲線」と「安定した需要曲線」の交点なので、結果として需要曲線上の点を拾っている。

→ 点をつなぐと需要曲線の形状が浮かび上がる。これは計量経済学で需要関数を推定する基本アプローチである。

問 6 ある財の需要曲線は $D = 200 - P$、供給曲線は $S = 2P - 100$ で与えられる。
(1) 均衡価格と均衡数量を求めよ。
(2) この財に 30 の消費税(従量税)が課されたとき、新しい均衡価格・数量・消費者負担・生産者負担・税収を求めよ。

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(1) $200 - P = 2P - 100 \Rightarrow 3P = 300 \Rightarrow P = \textbf{100}$, $Q = 200 - 100 = \textbf{100}$

(2) 税込みの供給:$S = 2(P - 30) - 100 = 2P - 160$

均衡条件:$200 - P = 2P - 160 \Rightarrow 3P = 360 \Rightarrow P = \textbf{120}$

数量:$Q = 200 - 120 = \textbf{80}$

  • 消費者負担 = 120 − 100 = 20(税 30 の 2/3)
  • 生産者受取 = 120 − 30 = 90 → 生産者負担 = 100 − 90 = 10(税 30 の 1/3)
  • 税収 = 30 × 80 = 2,400

需要の弾力性(均衡近傍):$|dQ/dP| \times (P/Q) = 1 \times (100/100) = 1$
供給の弾力性:$2 \times (100/100) = 2$
→ 供給の方が弾力的なので、消費者負担がより大きい(20 vs 10)。

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