需要曲線の背後にある合理的な消費者の姿を表に出す ― 消費者余剰と限界効用。
需要曲線は、ある財の価格 $P$ と需要量 $X$ の関係を図に描いたもので、式で表すと:
$$X = D(P)$$需要曲線は通常右下がりで、価格が下がれば需要量は増えます。第 1 章でも触れたように、その傾きには重要な経済的意味 ― 価格弾力性 ― があります。
直感的には「価格が 1% 上がったとき、需要量が何 % 動くか」を表します(符号をプラスに揃えるため負号を付けます)。
| 弾力性 | 傾き | 価格変化への反応 | 代表例 |
|---|---|---|---|
| $\varepsilon \gt 1$(弾力的) | なだらか | 価格変化に敏感(大幅に反応) | 海外旅行・贅沢品・代替品があるもの |
| $\varepsilon = 1$(単位弾力) | 中間 | 変化率が同じ | 中間的な財 |
| $\varepsilon \lt 1$(非弾力的) | 急 | 価格変化に鈍感(少しだけ反応) | 米・味噌・石油などの必需品 |
なぜ「変化率」で測るのでしょうか。価格や数量の単位が違う財(1 ドル上がった・100 円上がった・1 キロ増えた)を比較できるようにするためです。パーセント表示にすれば、単位に依存しない「反応の強さ」が測れます。
需要曲線を使うと、価格と数量の関係だけでなく、もう一つ重要なものが読み取れます。それが支出額(買い手側)=収入額(売り手側)です。
縦軸の価格と横軸の需要量を掛け合わせた長方形の面積が、市場全体の支出額(=収入額)を表します。需要曲線の形(弾力性)によって、価格が変化したときに支出額がどう動くかが決まります。
1970 年代の石油ショックで、日本の石油輸入額がどう動いたか。シンプルな図解で見てみましょう。
石油の輸入額は、次のように分解できます。
$$\text{石油の輸入額} = \text{石油価格} \times \text{石油輸入量}$$石油の価格が上がれば輸入量は減りますが、輸入「額」は価格と数量のどちらがより大きく動くかで決まります。
実際、1970 年代の日本の経常収支は、石油ショック直後は大幅な赤字になりましたが、数年後に輸入量の調整が進むと黒字に転じました。これは上の短期・長期の需要曲線の違いで説明できます。
第 1 章でとりあげた豊作貧乏も、この価格弾力性の概念で説明できます。図 2-3 の左側(非弾力的)の需要曲線のもとで、供給量(白菜などの収穫量)が増えたら、価格が大幅に下がって、価格下落幅が数量増加幅を上回り、農家の収入はむしろ減ります。需要が非弾力的な一次産品で起きる典型的な現象です。
映画館では、大人と子供で入場料が違います。これは単なる「子供割引」ではなく、利潤最大化にかなった合理的な価格設定です。
| 対象 | 需要の性質 | 料金設定の考え方 |
|---|---|---|
| 大人 | 需要は非弾力的 (観たい映画には高くても行く) | 料金を高くしても入場者数は減らない → 高く設定 |
| 子供 | 需要は弾力的 (金銭的制約が大きい) | 料金を低くすると入場者数が大幅増 → 薄利多売 |
つまり、需要の弾力性が異なる市場・消費者層に対して、異なる価格をつけることを経済理論では価格差別(price discrimination)といいます。映画館の料金体系は、まさにこの価格差別の典型例です。
自国と外国の両方で商品を売る企業を考えます。
この結果、同じ商品が自国で高く、外国で安く売られる現象が生まれます。これがダンピングです。「国内より海外のほうが安い」というニュースを見かけたら、背後にはこの価格差別のメカニズムが働いているかもしれません。
需要曲線には 2 種類の「動き」があって、これを区別することが経済分析の第一歩です。
| 動きの種類 | 何が変化したか | 需要曲線は動くか |
|---|---|---|
| 曲線上の移動 | 価格 $P$(=内生変数) | 動かない。点が曲線上を移動するだけ |
| 曲線のシフト | 所得・嗜好・代替品の価格(=外生変数) | 曲線自体が左右に移動 |
需要はさまざまな要因に影響されます。一般的な需要関数は:
$$X = D(P, P', y, w, \ldots)$$需要曲線 $X = D(P)$ とは、価格以外の変数 $P', y, w, \ldots$ をすべて与件として固定したときの、価格と需要量の関係を描いたものです。外生変数が動いたら、その与件が変わるので、需要曲線そのものが左右にシフトします。
市場全体の需要曲線は、個々の消費者の需要曲線を水平方向に足し合わせたものです。たとえばある価格 $P$ のもとで、太郎が 5 個、花子が 3 個欲しいとしたら、市場の需要量は 8 個。これを価格ごとに足せば、市場需要曲線ができます。
消費者がある商品を買うのは、それを消費することに喜び(効用)を感じるからです。経済学では、この効用を金銭単位で表すという工夫をします。
例を見てみましょう。太郎の 1 週間あたりの紅茶への限界評価(1 本追加することで得られる喜びを金銭換算した額)は次のとおり:
| 本数 | 1 本目 | 2 本目 | 3 本目 | 4 本目 | 5 本目 | 6 本目 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 限界評価(円) | 1,800 | 1,200 | 800 | 500 | 300 | 150 |
これは「太郎は紅茶 1 本目に最大 1,800 円まで払う気がある」「2 本目にはさらに 1,200 円まで」という意味。追加的に 1 本消費することの評価 = 限界効用です。消費量が増えるほど限界効用は低下します(逓減)。
紅茶の市場価格が 250 円のとき、太郎は何本買うでしょうか。
原則は「限界評価 ≥ 価格」である限り買い続けること。表を見ると、5 本目(300 円 ≥ 250)までは買うが、6 本目(150 円 < 250)は買わない。つまり需要量は 5 本。
消費者余剰とは、「支払う意思はあるが支払わないで済んだ」という意味での、消費者の利得を表します。図 2-5 の左側の棒グラフでは、価格ラインより上の緑の部分の合計が消費者余剰に相当します。
商品が細かい単位で消費できる場合、需要曲線は滑らかな直線や曲線になります。このとき消費者余剰は、需要曲線と価格ラインで囲まれた三角形(または一般に台形)の面積として計算できます。
図 2-5 の右側の例では、需要曲線 $D: P = 1200 - 8Q$、市場価格 $P^* = 400$ のとき:
市場全体の消費者余剰は、各消費者の消費者余剰を足し合わせたものと一致します。「金銭価値」で測ったから足し合わせ可能、というのが大きなメリット。これにより、政策の効果を「社会全体で何円の余剰が増えたか」という形で評価できるようになります(余剰分析、第 4 章で詳説)。
上の例で、なぜ太郎は「5 本」で買うのをやめたのでしょうか。実は、そうするのが消費者余剰を最大化する選択だからです。
| 本数 | 総効用(円) | 総支払額(円) | 消費者余剰 |
|---|---|---|---|
| 4 本 | 4,300 | 1,000 | 3,300 |
| 5 本 | 4,600 | 1,250 | 3,350 |
| 6 本 | 4,750 | 1,500 | 3,250 |
5 本が最大となります。限界評価 ≥ 価格の間は買うほど余剰が増え、限界評価 < 価格になったら買うほど損 ― という直感的なルールです。
連続需要曲線のケースで定式化すると:
$$\text{限界評価(限界効用)} = \text{価格}$$この点まで消費することで、消費者余剰(= 総効用 − 総支払額)が最大になります。
以上の議論から、需要曲線には 2 つの読み方があることがわかります。
| 読み方 | 方向 | 意味 |
|---|---|---|
| ① 縦 → 横 | 価格 $P$ → 需要量 $X$ | その価格のもとでの市場の需要量 |
| ② 横 → 縦 | 需要量 $X$ → 限界評価 $P$ | その数量を消費している人の限界効用(金銭換算) |
② の読み方は、今後の章(余剰分析・輸入自由化の利益計算など)で繰り返し登場します。
問 1 次の文章の空欄を埋めてください。
(1) 需要に影響を及ぼす変数のうち、とりあえず分析の対象外におき、あらかじめ与えられたものと考える変数を( )、価格のように需要とともに分析対象となる変数を( )という。前者が動いたときは需要曲線は( )し、後者が動いたときは需要曲線( )を動く。
(2) 消費者余剰とは、消費者がその財をある価格のもとで自分の満足度を最大化するまで需要したときの満足度を( )で評価したものから実際の支払額を差し引いたものである。
(1) 外生変数/内生変数/シフト/上
(2) 金銭価値(金銭単位)
問 2 ある財に対する需要曲線が $D = 100 - 4P$ で与えられている($D$:需要量、$P$:価格)。価格が 10 のとき、需要量・支払額・消費者余剰を求めてください。
需要量:$D = 100 - 4 \times 10 = \textbf{60}$
支払額:$P \times D = 10 \times 60 = \textbf{600}$
消費者余剰:需要曲線 $P = (100 - D)/4 = 25 - D/4$。需要曲線と価格ライン $P = 10$ で囲まれた三角形の面積:
$$\text{CS} = \frac{1}{2} \times 60 \times (25 - 10) = \frac{1}{2} \times 60 \times 15 = \textbf{450}$$問 3 原油の輸入価格が大きく上昇したとき、一時的には日本の貿易収支は大幅に赤字になるが、長期的には必ずしもそうならない可能性が強いといわれます。これを需要曲線の弾力性を用いて説明してください。
輸入額 = 価格 × 輸入量。原油の需要の価格弾力性は、短期と長期で大きく異なる。
問 4 太郎は遊園地に遊びに行こうと考えている。太郎にとって乗り物 1 台目の価値は 1,000 円、2 台目は 500 円、3 台目は 300 円、4 台目は 200 円、5 台目は 100 円、6 台目以降は乗りたくない。
(1) 乗り物 1 台 400 円のとき、太郎は何台の乗り物に乗るか。
(2) 入場料が別途 500 円取られるとき、太郎は遊園地に入るか。
(3) 入場料が 800 円に上がったらどうなるか。
(1) 乗り物料金 400 円のもと、限界評価 ≥ 400 となるのは 1 台目(1,000)と 2 台目(500)まで。3 台目(300)は乗らない。答え:2 台。
このときの乗り物からの消費者余剰 = (1,000 + 500) − 400 × 2 = 700 円。
(2) 入場料 500 円 ≤ 消費者余剰 700 円なので、入場する(500 円払っても 200 円得になる)。
(3) 入場料 800 円 > 消費者余剰 700 円なので、入場しない(入場したら 100 円損になる)。
問 5 映画館が大人と子供で料金を変える理由を、需要の価格弾力性の概念を用いて説明してください。
大人の需要は観たい映画には高くても行くため非弾力的(価格変動に鈍感)、子供の需要は金銭的制約が大きく弾力的(価格変動に敏感)である。
利潤を最大化する価格設定は、弾力的な市場(子供)では価格を下げて需要量を大幅に増やす「薄利多売」、非弾力的な市場(大人)では価格を上げても需要が大して減らないので高めに設定する。その結果、大人料金 > 子供料金という構造が合理的な選択となる。これは価格差別の典型例であり、ダンピング(国内高価格・海外低価格)の構造と本質的に同じである。
問 6 需要曲線 $D = 200 - 2P$、市場価格 $P = 60$ のとき、次を求めてください。
(1) 需要量と支払額
(2) 消費者余剰(三角形の面積として)
(1) 需要量 $D = 200 - 2 \times 60 = \textbf{80}$、支払額 $= 60 \times 80 = \textbf{4,800}$
(2) 需要曲線を価格で解くと $P = 100 - D/2$。価格 $P = 60$ と需要曲線の切片 $P = 100$ の差は 40。
$$\text{CS} = \frac{1}{2} \times 80 \times (100 - 60) = \frac{1}{2} \times 80 \times 40 = \textbf{1,600}$$プレミアム会員の質問とAI回答をみんなで共有