経済 ― 第9章

マクロ経済政策

財政・金融政策はなぜ効くのか ― 利子率、クラウディング・アウト、そしてフィリップス曲線論争。

いよいよ経済編の最終章です。第7章で「有効需要と乗数効果」、第8章で「貨幣とマネーストック」を学びました。これらを「政策」という観点から束ねるのが本章です。政府と中央銀行は、財政政策(税・政府支出)金融政策(金利・マネーストック)という手段を使って、景気・物価・雇用といった目標を調整します。ただし、「1 個の石で 2 羽の鳥は落とせない」というティンバーゲン命題のとおり、手段と目標の数のバランスが重要。そして財政支出にはクラウディング・アウト効果、金融政策には流動性の罠という制約があります。最後に、ケインジアンと新古典派の歴史的な論争 ― フィリップス曲線フリードマンの批判裁量 vs ルール ― を整理して、マクロ経済学の全体像を締めくくりましょう。

🎯 この章でマスターしておきたいこと

📚 本章の流れ

  1. マクロ経済政策の目的と手段
  2. 利子率と GDP ― 資産市場と財市場の接点
  3. 金融政策と有効需要 ― 4 ステップの波及経路
  4. 財政政策とクラウディング・アウト効果
  5. フィリップス曲線と裁量 vs ルール論争
  6. 要点まとめ
  7. 演習

1. マクロ経済政策の目的と手段

1.1 政策目標:景気・物価・国際収支

マクロ経済政策が目指すものは何でしょうか。政府や中央銀行が「景気を何とかしなければ」と言うとき、頭の中にあるのは大きく次の 4 つです:

これらの目標を達成するために使える「武器」が政策手段です。代表的なものは以下の 3 系統:

政策手段と政策目標の体系
図 9-1 マクロ経済政策の体系 ― 政策手段(左)と政策目標(右)、効果は資産市場・財市場を通じて伝達される

1.2 ティンバーゲン命題 ― 「1 個の石で 2 羽の鳥は落とせない」

ここで重要なのが、政策目標の数と政策手段の数の関係です。オランダのティンバーゲン(ノーベル賞経済学者)は、次のような原則を示しました:

ティンバーゲン命題

複数の独立な政策目標をすべて完全に達成するには、少なくとも同数の独立な政策手段が必要。

政策目標の数 $>$ 政策手段の数 の場合、すべての目標を同時に満たすことはできず、トレードオフが発生する。

具体例で考えましょう。政策目標が「景気回復」と「貿易黒字の解消」の 2 つ、一方で政策手段が「金利の調整」1 つしかないとします。

→ どちらの目標を立てても、もう一方が犠牲になります。これが「1 つの石では 2 羽の鳥を落とせない」という意味です。

目標が 2 つあるなら、石も 2 つ用意する ― つまり政策手段を増やせばよい、というのがティンバーゲンの処方箋です。上の例で「減税」という財政政策も使えるようにすれば、金融政策と財政政策の組み合わせで景気刺激と貿易黒字解消を同時に狙えます。現実の政策運営も、基本的には金融+財政+為替介入のポリシー・ミックスで複数目標に対処する構造。ただ、現実には「手段も独立していなければならない」(同じ方向にしか動かない手段では複数にならない)など、もっと深い議論があります。

1.3 政策手段と政策目標の対応

政策手段直接影響する市場主に狙う目標
税の調整(減税/増税)家計の可処分所得景気(消費・投資)
政府支出の調整財市場の有効需要景気・雇用
金利調整資産市場景気・物価
マネーストックの調整資産市場物価・景気
外国為替介入為替市場為替レート・国際収支

重要なのは、どの政策手段も「資産市場」または「財市場」を経由して、最終目標に届くということ。その経由路を理解するのが、次節以降のテーマです。

2. 利子率と GDP ― 資産市場と財市場の接点

2.1 二つの市場を結ぶ「連結装置」

第8章で学んだ「貨幣市場(資産市場)」と、第7章で学んだ「財市場」。この 2 つの市場は独立ではなく、互いに連動しています。その連結装置が、利子率 $r$ と GDP $Y$ なのです。

資産市場と財市場の相互作用

2.2 なぜ利子率が投資を決めるのか

第7章では投資 $I$ を「外生変数」として扱いました。しかし実は、投資額を決める最大の要因の一つは利子率なのです。

企業が新しい工場を建てたり、機械を更新するには資金が必要。その資金は、銀行からの借入・社債発行・株式発行のいずれかで調達します。いずれも「お金を貸してくれる人(投資家)」への対価として利子や配当を払う必要があります。

利子率が高いと、この資金調達コストが高い → 「こんな高い金利を払ってまで工場を建てる価値はない」と判断する企業が増える → 投資は減少

逆に、利子率が低いと「金利が安いなら今のうちに設備を増強しよう」と考える企業が増える → 投資は増加

投資関数(利子率を含む)

$$I = I(r) (右下がり、すなわち $\frac{dI}{dr} < 0$)$$

利子率が低いほど投資は刺激され、GDP も高くなる。

「投資は心理的要素も大きく、利子率だけで決まるわけではない」というのも事実です。ケインズは『一般理論』でアニマルスピリッツ(企業家の野性的な直感・楽観)という言葉を使いました。金利が低くても企業に投資意欲がなければ投資は増えません ― 実際、日本の 1990 年代末以降、ゼロ金利でも設備投資が冷え込んだ時期がありました。これは第3節で見る「金融政策が効かなくなる条件」の伏線です。

3. 金融政策と有効需要 ― 4 ステップの波及経路

3.1 金融緩和の伝達メカニズム

第8章で学んだ買いオペレーション法定預金準備率の引下げは、ハイパワード・マネー $H$ を増やし、信用乗数を通じてマネーストック $M$ を拡大させます。この $M$ の増加が、どうやって GDP の増加につながるのでしょうか。

伊藤元重『入門|経済学』でも紹介されているとおり、経路は次の 4 ステップに分解できます:

金融緩和の4ステップ波及経路
図 9-2 金融緩和の波及経路 ― 4 ステップ(A: 貨幣量↑ → B: 利子率↓ → C: 投資↑ → D: GDP↑)
金融緩和の 4 ステップ波及
  1. ステップ A:買いオペや預金準備率引下げ → マネーストック $M$ が増加(資産市場)
  2. ステップ B:貨幣需給が一致するように、利子率 $r$ が低下(資産市場)
  3. ステップ C:利子率低下で資金調達コスト↓ → 投資 $I$ が増加(財市場への入口)
  4. ステップ D:投資増加が乗数プロセスを引き起こし、GDP $Y$ が乗数倍に拡大(財市場)

設例 1:金融緩和の乗数効果

ある経済で限界消費性向 $c = 0.75$、単純な投資乗数を仮定する。中央銀行が金融緩和を行い、利子率が $r = 3.5\%$ から $3.0\%$ に低下。その結果、企業の投資意欲が高まり、投資額が $+10$ 兆円増加した。

GDP はいくら増加するか?

単純乗数:$\dfrac{1}{1 - c} = \dfrac{1}{1 - 0.75} = 4$

$\Delta Y = 4 \times \Delta I = 4 \times 10 = \textbf{40 兆円}$

金融緩和によって $\Delta r = -0.5\%$ が、最終的に GDP を 40 兆円拡大させることになる。

3.2 金融政策が強く効く条件

4 ステップのうち、特に重要なのは B(貨幣量↑が利子率を大きく引き下げるか)と C(利子率低下が投資を大きく刺激するか)です。

ステップ B は、貨幣需要曲線の利子弾力性で決まります。

貨幣需要曲線の利子弾力性
図 9-4 貨幣需要曲線の利子弾力性と金融政策の効果 ― 曲線が急(利子弾力性小)ほど金利下落幅が大きい
金融政策が強く効く条件

この 2 つが揃っているとき、金融緩和は強力に GDP を押し上げる。

3.3 流動性の罠 ― 金融政策が効かなくなるとき

逆に、貨幣需要曲線が極端に水平になるケースを考えましょう。これは、利子率がある水準以下に下がらないと強く信じられている状況 ― いくら貨幣を供給しても、ほとんど金利が下がらず、ひたすら人々が貨幣を保有してしまうケースです。

ケインズはこれを「流動性の罠」(liquidity trap)と名付けました。

⚠ 流動性の罠:貨幣需要曲線の利子弾力性が非常に大きい(水平に近い)ため、どんなに貨幣を増やしても金利が下がらず、金融政策の波及経路が遮断される現象。
私(ケインズ)は教科書で流動性の罠を学んだだけで、「現実に起こるとは思っていなかった」と伊藤先生は書いています。ところが 1990 年代末から日本がそれを経験してしまった。不良債権問題で景気は悪化、政策金利はついにゼロまで到達(ゼロ金利政策)。それでも景気は回復しない。「これ以上金利を下げられないから金融政策が効かない」という状況 ― まさに流動性の罠。2000 年代には量的緩和(金利ではなく「量」を増やす政策)、2010 年代にはマイナス金利政策と、非伝統的手段が次々と導入されました。試験でも「流動性の罠」は出題されるキーワードです。

3.4 投資の利子弾力性が低いケース

もう一つ、ステップ C で問題が起きるパターンがあります。深刻な不況で企業が全体として保守的になっているとき、金利をいくら下げても企業は投資を増やさないのです。「将来の需要が見えない」「破綻リスクを避けたい」といった理由で、資金調達コストが下がっても投資計画自体を凍結してしまう。

この場合も金融政策は無力になります。ステップ B(金利低下)は起きても、ステップ C(投資増加)が反応しないためです。

4. 財政政策とクラウディング・アウト効果

4.1 財政支出増大の「プラス」と「マイナス」

第7章で学んだ単純な乗数モデルでは、政府支出 $G$ を $\Delta G$ だけ増やすと、GDP は $\Delta Y = \dfrac{1}{1-c} \cdot \Delta G$ だけ増える、という結論でした。しかしこの議論は財市場だけを見たものです。

実際には、財政拡大が資産市場を経由して利子率を上昇させ、それが民間投資を抑制する副作用を持ちます。これがクラウディング・アウト効果(crowding out effect)です。「政府活動が民間活動を押しのける」という意味。

クラウディング・アウト効果の波及経路
図 9-3 財政支出増大の 5 ステップ波及経路 ― 乗数効果のプラスとクラウディング・アウトのマイナス
クラウディング・アウトの 5 ステップ
  1. ステップ A:財政支出 $G$ 増大 → 乗数プロセスで GDP $Y$ が拡大(プラス効果)
  2. ステップ B:GDP 増大 → 貨幣需要(取引動機)が増加
  3. ステップ C:貨幣供給は一定なので、貨幣需給を一致させるため利子率 $r$ が上昇
  4. ステップ D:利子率上昇 → 民間投資 $I$ が抑制
  5. ステップ E:投資減少が逆方向の乗数プロセスを引き起こし、GDP が押し下げられる(マイナス効果)

設例 2:クラウディング・アウトを考慮した GDP 変化

限界消費性向 $c = 0.75$、単純乗数 $\dfrac{1}{1-c} = 4$。

政府が財政支出を $\Delta G = +10$ 兆円増加させた。この支出は国債発行で賄われる。

(1) 財市場のみの効果(単純乗数)

$\Delta Y_{\text{単純}} = 4 \times 10 = \textbf{+40 兆円}$

(2) クラウディング・アウトの影響

貨幣需要増 → 金利上昇で民間投資が $\Delta I = -3$ 兆円抑制されたとする。この投資減少は、乗数プロセスを通じて以下の GDP 減少を引き起こす:

$\Delta Y_{\text{CO}} = 4 \times (-3) = \textbf{−12 兆円}$

(3) 正味の効果

$\Delta Y_{\text{正味}} = 40 - 12 = \textbf{+28 兆円}$

→ 単純乗数の 70% しか実現しない。これがクラウディング・アウトが財政政策の有効性を引き下げる数値例。

4.2 クラウディング・アウトが強く働く条件

図 9-3 からわかるように、次の 3 つが揃うときクラウディング・アウトは強力になります:

  1. 所得増大が貨幣需要を大きく押し上げる(ステップ B が強い)
  2. 貨幣需要の利子弾力性が小さい(曲線が急 → 少しの需要増で金利が大きく上昇、ステップ C が強い)
  3. 投資の利子弾力性が大きい(金利上昇で投資が大きく減る、ステップ D が強い)

4.3 金融政策と財政政策は「逆の条件」で効く

注目すべきは、金融政策が強く効く条件と、財政政策が強く効く条件が互いに逆だという点です。

貨幣需要の利子弾力性投資の利子弾力性金融政策の効果財政政策の効果
小(急な曲線)強い弱い(クラウディング・アウト大)
大(緩い曲線)弱い(流動性の罠)強い

この逆転関係は、マクロ経済政策の本質を表しています。金融政策は「利子率が動くこと」を通じて効果を発揮するのに対し、財政政策にとって利子率の変化は妨げでしかないからです。

「なぜ両方とも公共の政策なのに、こんな逆の条件になるんだ?」と不思議に思う方が多いのですが、考えてみれば自然です。金融政策は資産市場の変数($r$・$M$)を直接動かす政策なので、その動きが大きいほど波及も大きい。一方、財政政策は財市場の変数($G$)を直接動かす政策なので、資産市場での副次効果($r$ 上昇)は小さいほうがよい。政策の「入口」が違うのです。試験でもここは出題されるポイントで、「貨幣需要の利子弾力性が小さいとき、金融政策の効果は大/小? 財政政策は?」とセットで問われるので、必ず対比で覚えましょう。

4.4 クラウディング・アウトを避ける方法

財政拡大による金利上昇を避けるにはどうすればよいか。答えは「金融政策を同時に緩和する」です。財政支出で貨幣需要が増えても、中央銀行が貨幣供給を同量増やせば、金利は動きません。これがポリシー・ミックスの典型例。

⚠ 中央銀行の独立性との関係:財政支出の拡大に合わせて金融緩和する手法は、特殊な表現で「財政ファイナンス」「ヘリコプター・マネー」とも呼ばれます。中央銀行が政府に従属してしまうと、インフレ抑制ができなくなる恐れから、各国の中央銀行は独立性を重視します。現実の政策運営では、協調を求めつつも「政府の言いなりにならない」線引きが常に議論されます。

5. フィリップス曲線と裁量 vs ルール論争

5.1 フィリップス曲線 ― インフレと失業のトレードオフ

財政政策や金融政策を使ってマクロ経済を動かすとして、どんな判断基準で行えばよいのでしょう。1950〜60 年代まで、政策当局の指針となっていたのが、イギリスの経済学者フィリップス(A. W. Phillips)が見出したフィリップス曲線です。

彼は、失業率とインフレ率(物価上昇率)の間に右下がりの関係があることをデータで示しました。

フィリップス曲線(短期と長期)
図 9-5 フィリップス曲線 ― 短期は右下がり(トレードオフ)だが、長期は垂直(フリードマンの見方)
短期フィリップス曲線

横軸:失業率 $u$(%)、縦軸:インフレ率 $\pi$(%)

右下がりの関係:失業率が低いほどインフレ率は高く、失業率が高いほどインフレ率は低い。

5.2 ファインチューニング(微調整)の思想

フィリップス曲線を信じるなら、政策運営は「失業率とインフレ率のバランスを見て、望ましい点に経済を連れて行く」ことになります。

図 9-5 の左パネルで言えば:

このように経済の状況を見ながら小まめに政策を調整する手法を、ファインチューニング(微調整)あるいは裁量的政策と呼びます。ケインジアンの典型的な政策観でした。

5.3 フリードマンの批判 ― 長期フィリップス曲線は垂直

ところが 1970 年代以降、フィリップス曲線が示す安定したトレードオフ関係は崩れていきます。インフレ率が高いのに失業率も高い、というスタグフレーションが先進国を襲ったのです。

ミルトン・フリードマンは、この現象を長期フィリップス曲線の考え方で説明しました。

フリードマンの長期フィリップス曲線

長期では、いかなるインフレ率であっても失業率は $u = u^*$(自然失業率)で安定する ― すなわち、長期フィリップス曲線は垂直線になる。

短期的にインフレ率を高めれば一時的に失業率を $u^*$ より下げられるが、人々がそのインフレ率に慣れて(期待に織り込んで)しまうと、失業率は元の $u^*$ に戻る。

動きを図 9-5 の右パネルで追います:

  1. A 点:$u = u^* = 4\%$、$\pi = 0\%$、期待インフレ率 $\pi^e = 0\%$ で均衡
  2. 金融緩和でインフレ率を $4\%$ まで押し上げる → 短期フィリップス曲線($\pi^e = 0$)上をB 点($u = 2.5\%$、$\pi = 4.3\%$)へ移動。失業率は一時的に低下
  3. 人々が「今後もインフレ率 $4\%$ が続く」と期待を改訂する → 短期曲線が上方シフト($\pi^e = 4\%$ の曲線へ) → C 点($u = u^* = 4\%$、$\pi = 2\%$)付近に落ち着く
  4. 結論:失業率は元の $u^*$ に戻り、ただインフレ率だけが高くなって残る

設例 3:自然失業率と期待インフレ

自然失業率 $u^* = 4\%$ の経済を考える。初期状態は A 点($u = 4\%$、$\pi = 0\%$、$\pi^e = 0\%$)。

(1) 中央銀行が積極的な金融緩和でインフレ率を 4% に引き上げる。

短期フィリップス曲線($\pi^e = 0$)に沿って移動 → B 点($u = 2.5\%$、$\pi = 4\%$)。一時的に失業率は $u^*$ より低くなる。

(2) 人々が期待インフレ率を $\pi^e = 4\%$ に改訂すると何が起こるか?

新しい短期フィリップス曲線は上方シフト。同じインフレ率 4% のままでは、失業率は $u = 4\%$(自然失業率)に戻る → C 点。

長期的には、政策は実質失業率を下げる効果なし、インフレ率だけが高止まり

5.4 インフレ退治は「痛み」を伴う

フリードマンの見方に従えば、一度根付いたインフレを退治するには、一時的に失業率を $u^*$ より高くする苦痛を伴うことになります。

現実に 1970 年代末〜80 年代初頭、アメリカではインフレ抑制のために FRB 議長ボルカーが強烈な金融引締めを実施。短期金利を 20% 近くまで引き上げました。結果、インフレ率は下がりましたが、失業率は一時 10% を超え、深刻な不況を引き起こしました。長期的な物価安定のために、短期的な失業増という代償を払ったのです。

5.5 裁量 vs ルール ― 二つの政策観

フリードマンに影響を受けた新古典派マクロ経済学者は、「そもそも景気の状況に応じて政策を頻繁に動かすのは、かえって経済を不安定にする」と主張しました。その処方箋は:

新古典派のルール固持

これに対し、ケインジアンは従来どおり「政府の賢明な介入が経済を安定化する」と主張。いわゆる裁量 vs ルール論争です。

争点ケインジアン(裁量)新古典派(ルール)
経済観政策なしでは大きく変動する市場は自律的に安定化する
政府の能力賢明な介入で安定化可能(官僚聡明論)介入はむしろ経済を混乱させる(市場万能)
政策運営ファインチューニング(微調整)単純ルールの固守
フィリップス曲線トレードオフを利用長期は垂直なので意味なし
代表例1960 年代の米国ケネディ政権フリードマンの $k\%$ ルール
実務的には、どちらの極端にも振れない中間的な運営が現代の定石です。たとえばインフレ・ターゲティング(インフレ率 2% を目標とするルール)は、「数値目標」というルールを設定しつつ、達成手段は中央銀行の判断に任せる ― 裁量とルールの折衷案。日本銀行も 2013 年以降これを採用しています。また、ゲーム理論的に見ると「政策当局が『いつでも裁量的に動かす』と宣言すれば、人々は政策当局の『善意』を信じられなくなり、期待インフレが乱高下する。『ルールを守る』とコミットしたほうが結果的に安定する」という時間整合性の議論もあります。これは第5章「ゲームの理論入門」でコミットメントを学んだ皆さんには馴染みの発想ですね。

5.6 経済編の総まとめ

ここで、経済編全 9 章の総まとめをしましょう。

ミクロ編の知識は、マクロ経済政策の「効き方」を理解するのにも役立ちます。たとえば財政支出の死荷重(Ch4)、ゲーム理論のコミットメント(Ch5)は、すべてマクロ政策論争と響き合う話題。経済学の知識は体系として結びついているのです。

💡 要点まとめ

第9章のキーポイント

✍️ 演習問題

問 1 以下の文章の空欄に適切な用語を入れよ。

(1) マクロ経済政策は複数の(ア)を、複数の(イ)によって実現しようとする。一般に、(イ)の数が(ア)の数よりも少ない場合、すべての(ア)を同時には達成できず、(ア)間に(ウ)の関係が生じる。

(2) 金融緩和は、貨幣量の増加 → 利子率の(エ)→ 投資の(オ)→ 乗数プロセスで GDP の(カ)、という波及経路を持つ。

(3) 貨幣需要曲線が極端に水平になり、貨幣量を増やしても利子率が下がらなくなる状態を(キ)と呼ぶ。この状況下では金融政策は効果を持たない。

(4) 財政支出の増大は、乗数効果で GDP を拡大させる一方、貨幣需要の増加を通じて利子率を上昇させ、民間投資を抑制する。これを(ク)効果と呼ぶ。

(5) インフレ率と失業率の間に見られる右下がりの関係を(ケ)曲線と呼ぶ。フリードマンによれば、長期的にはこの曲線は(コ)であり、失業率は(サ)という一定の水準に戻る。

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(ア) 政策目標 (イ) 政策手段 (ウ) トレードオフ
(エ) 低下(下落) (オ) 増加 (カ) 拡大(増加)
(キ) 流動性の罠
(ク) クラウディング・アウト
(ケ) フィリップス (コ) 垂直 (サ) 自然失業率 $u^*$

問 2 ある経済で限界消費性向 $c = 0.75$、単純な投資乗数が成立する。政府が財政支出を $\Delta G = +8$ 兆円増加させる一方、同時に民間投資が利子率上昇により $\Delta I = -2$ 兆円減少した。
(1) 単純乗数での GDP 増加 $\Delta Y_{\text{単純}}$ を求めよ。
(2) クラウディング・アウトによる GDP 減少 $\Delta Y_{\text{CO}}$ を求めよ。
(3) 正味の GDP 増加 $\Delta Y_{\text{正味}}$ を求め、単純乗数の何 % が実現したか計算せよ。

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単純乗数:$\dfrac{1}{1 - 0.75} = 4$

(1) $\Delta Y_{\text{単純}} = 4 \times 8 = \textbf{+32 兆円}$

(2) $\Delta Y_{\text{CO}} = 4 \times (-2) = \textbf{−8 兆円}$

(3) $\Delta Y_{\text{正味}} = 32 - 8 = \textbf{+24 兆円}$

実現率:$\dfrac{24}{32} = 0.75 = \textbf{75\%}$

→ 単純乗数の 75% が実現。クラウディング・アウトで 25% 目減り。

問 3 以下の記述は正しいか、誤りか、または判断できないか。
(1) 貨幣需要の利子弾力性が大きいほど、金融政策の効果は大きくなる。
(2) 投資の利子弾力性が大きいほど、金融政策の効果は大きくなる。
(3) 貨幣需要の利子弾力性が小さいほど、財政政策のクラウディング・アウト効果は強く働く。
(4) 長期フィリップス曲線が垂直なら、金融緩和は長期的には実質的な失業率の低下をもたらす。
(5) ケインジアンは政策のルール化を重視し、新古典派は裁量的政策を好む。

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(1) 誤り。貨幣需要の利子弾力性が大きいと、わずかの金利低下で貨幣需要が吸収されてしまい、金利がほとんど下がらない → 金融政策の効果は小さい(極端な場合が流動性の罠)。

(2) 正しい。投資が利子率に敏感なほど、金利低下が投資を大きく刺激するので金融政策の効果は大きい(ステップ C が強く働く)。

(3) 正しい。貨幣需要の利子弾力性が小さい → 同量の需要増で金利が大きく上昇 → 投資の抑制が強い → クラウディング・アウト大。

(4) 誤り。長期フィリップス曲線が垂直なら、失業率は長期的には $u^*$ に戻る。金融緩和は長期的にはインフレ率だけが高まり、実質失業率は変わらない

(5) 誤り。逆である。ケインジアンが裁量(ファインチューニング)を重視、新古典派がルール($k\%$ ルール、財政バランス維持)を重視する。

問 4 フリードマンの議論について次の設問に答えよ。
(1) 「長期フィリップス曲線が垂直である」とはどういう意味か、期待インフレ率という言葉を使って説明せよ。
(2) もし政策当局が失業率を自然失業率 $u^*$ よりも低く維持しようとし続けたら、長期的に何が起こるか。
(3) フリードマンが提言した政策姿勢はどのようなものか。

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(1) 長期的には、人々が経験したインフレ率に合わせて期待インフレ率 $\pi^e$ を改訂する。すると短期フィリップス曲線は $\pi^e$ の水準だけ上下にシフトし、どんなインフレ率であっても均衡失業率は自然失業率 $u^*$ に落ち着く。このため、長期的には失業率とインフレ率の間に安定したトレードオフはなく、長期フィリップス曲線は $u = u^*$ の垂直線になる。

(2) 短期的には金融緩和で失業率を下げられるが、人々がインフレ期待を改訂すると失業率は $u^*$ に戻る。政策当局がさらに金融緩和を続けると、インフレ率はますます高くなる一方、失業率は $u^*$ から下がらない ― つまりインフレ率が加速していくだけの結果になる(加速主義仮説)。

(3) 景気の状況に応じて頻繁に政策を変更する裁量的政策は、かえって経済を不安定にする。マネーストックの成長率を一定に維持する($k\%$ ルール)、財政収支のバランスを維持するなど、ルールの固持が望ましい。これによってインフレ期待も安定し、マクロ経済の安定性が高まる。

問 5 次の状況で、金融政策・財政政策のどちらが有効だと考えられるか、理由とともに答えよ。
(1) 深刻な不況で、企業が全体として投資意欲を失っている。利子率を下げても投資が反応しない。
(2) 好景気で、企業は投資機会を豊富に持っており、資金調達コストに敏感に反応する。
(3) 政策金利がすでにゼロに達し、それ以上下げられない。

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(1) 財政政策が有効。投資の利子弾力性が小さいため金融政策のステップ C が機能しない → 金融緩和で金利を下げても投資が増えない。一方、財政支出の直接拡大は乗数効果を通じて GDP を押し上げる。

(2) 金融政策が有効。投資の利子弾力性が大きい → 金利低下で投資が大きく刺激される。また景気過熱期には、貨幣需要の利子弾力性が小さくなりがちで、金融政策のステップ B も強く働く。ただし好景気では「景気刺激」ではなく「引締め」が必要になるケースが多い点に注意。

(3) 財政政策が有効(かつ非伝統的金融政策の併用)。ゼロ金利制約下では、伝統的な金利政策(ステップ B)が効かない。量的緩和・マイナス金利などの非伝統的手段や、財政拡大によるポリシー・ミックスが必要になる。これは 1990〜2010 年代の日本の状況。

問 6 「1 つの石で 2 羽の鳥は落とせない」というティンバーゲン命題について、以下を考えよ。
(1) 政策目標が「景気回復」と「物価安定」の 2 つ、政策手段が「金融政策」1 つしかないとき、どのような問題が起こるか。
(2) この問題を解決するためには、どのような政策手段を追加すればよいか。また、追加した政策をどう組み合わせればよいか。

解答を見る

(1) 景気回復のためには金融緩和が必要(金利↓、$M$↑)だが、これは物価の上昇圧力(インフレ)を強める。一方、物価を安定させるためには金融引締めが必要だが、これは景気を冷やす。どちらの目標を選んでも他方が悪化するトレードオフに陥る。

(2) 政策手段として財政政策を加える。たとえば:

  • 景気回復優先の局面:財政拡大で景気を刺激 + 金融は引締め気味に物価を抑制
  • インフレ抑制優先の局面:金融引締めでインフレ抑制 + 財政拡大で景気下支え

このように、金融政策と財政政策を互いに逆方向に組み合わせることで、2 つの目標を同時に追求できる。これがポリシー・ミックスの本質。現実には、財政支出のタイミング・規模には政治的制約が大きいため、理論どおりには動きにくいのが実情。

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