「鳥の目」で経済の全体像を見る ― GDP・成長率・物価の測り方から始めよう。
経済を分析するには「鳥の目」と「虫の目」の両方が必要です。
ニュースでよく耳にする「景気」「GDP」「失業率」「インフレ」「財政政策」「金融政策」などは、すべてマクロ経済学の用語です。
医者が患者の体調を測るのに身長・体重・血圧などの基本データを使うように、マクロ経済の「体調」を測るのにも標準的な指標があります。
| 指標 | 意味 |
|---|---|
| GDP(国内総生産) | 経済の生産・所得規模を示すもっとも基本的な指標 |
| 物価指数・物価上昇率 | 物価水準やその変化率 |
| 経済成長率 | 実質 GDP の前年比変化率 |
| 消費・民間設備投資・政府支出 | 需要の各項目 |
| 輸出・輸入・貿易収支・経常収支 | 海外との経済取引 |
| 利子率(金利) | 金融市場の重要指標 |
| 失業率 | 雇用状況の指標 |
| マネーストック | 経済に出回っている通貨の総量 |
| 為替レート | 自国通貨と外国通貨の交換比率 |
マクロ経済学の出発点となったのは、1936 年のジョン・メイナード・ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』です。その後、マクロ経済政策の考え方は大きく 2 つの学派に分かれて発展してきました。
| 学派 | 主張 | 政策 |
|---|---|---|
| ケインジアン | 資本主義は失業を伴い、政府の介入が必要。価格・賃金の硬直性が失業を生む | 財政・金融政策を積極的に使うファインチューニング(微調整) |
| 新古典派 (マネタリスト含む) |
市場は自己調整する。政府の介入は効果が薄く、長期的には害をもたらす | 小さな政府、ルール主義(貨幣供給の安定化) |
両者の対立は 1950〜60 年代はケインジアン優勢、70 年代のスタグフレーション以降は新古典派の勢力が増大。現在もこの対立は続いており、マクロ経済政策の論争の根本軸になっています(第 5 章の「ルールか裁量か」にも関連)。
マクロ経済を分析するとき、多数の経済主体を家計・企業・政府の 3 部門(+海外部門)にまとめます。それぞれの間のモノ(財・サービス)とカネ(所得・支出・税)の流れを俯瞰すると、次のようになります。
この循環全体を測る指標が GDP。次の節でくわしく見ます。
マクロ経済学がどんな問題を扱うか、典型例を 1 つ見てみましょう。日銀が政策金利を引き下げて金融緩和を行ったとき、経済のどこに、どんな影響が波及するでしょうか。
(1) 消費・投資への影響:
(2) 為替・貿易への影響:
(3) 生産・雇用・物価への影響:
国内で1 年間に生み出された付加価値の総額。
日本の GDP は現在約 550 兆円(名目)。アメリカは約 27 兆ドル、中国は約 18 兆ドル。
「一人当たり GDP」(GDP ÷ 人口)は、その国の平均的な豊かさを測る指標としてよく使われます。日本は約 3.4 万ドル/人、アメリカは約 8 万ドル/人、スイスは約 10 万ドル/人(2023 年頃の目安)。ただし物価水準が違うため、単純比較には注意が必要です。
GDP の動きを見るときに気をつけたいのが、物価の影響。生産量が一切増えなくても、物価が上昇すれば GDP は増えてしまいます。そこで次の 2 種類を区別します。
基準年で 100、それ以降は物価が上がれば 100 を超えていきます。消費者物価指数(CPI)や企業物価指数とは若干違うものの、経済全体の物価動向を測る代表的な指標です。
ある経済にはコーヒー・パン・サービスの 3 財しかない。データは下表のとおり。2015 年を基準年として、2020 年の名目 GDP・実質 GDP・GDP デフレーターを求めよう。
| 財 | 2015 価格 | 2015 数量 | 2020 価格 | 2020 数量 |
|---|---|---|---|---|
| コーヒー | 60 | 120 | 80 | 140 |
| パン | 100 | 100 | 120 | 130 |
| サービス | 80 | 60 | 100 | 70 |
2015 年(基準年)の GDP:
= 60×120 + 100×100 + 80×60 = 7,200 + 10,000 + 4,800 = 22,000(名目 = 実質)
2020 年の名目 GDP(当年価格 × 当年数量):
= 80×140 + 120×130 + 100×70 = 11,200 + 15,600 + 7,000 = 33,800
2020 年の実質 GDP(2015 価格 × 2020 数量):
= 60×140 + 100×130 + 80×70 = 8,400 + 13,000 + 5,600 = 27,000
GDP デフレーター:
$= \dfrac{33{,}800}{27{,}000} \times 100 = \textbf{125.2}$
→ 2015 → 2020 の 5 年間で、物価は 25.2% 上昇、実質的な生産規模は 22,000 → 27,000 と 22.7% 増加。名目 GDP の増加(53.6%)はこの 2 つの要因が合わさったもの。
経済成長率は、通常実質 GDP の前年比変化率を指します。
$$\text{経済成長率} = \frac{\text{今年の実質 GDP} - \text{昨年の実質 GDP}}{\text{昨年の実質 GDP}} \times 100\%$$日本の実質 GDP 成長率:1950〜70 年代前半の高度経済成長期は 10% 前後、1980 年代は 4〜6%、バブル崩壊後(1991 年以降)は 0〜2% 程度で低迷。少子高齢化が進む現代日本では、年率 1% 成長と 2.5% 成長で 30 年後の経済規模は 1.35 倍と 2.1 倍で大きく違う。成長率の数 % の差が、長期的には「日本の命運を決する」ほどの大きな違いになります。
GDP は「付加価値の合計」と定義されますが、付加価値とは何でしょうか。
その産業・企業がネットで新たに生み出した価値のこと。賃金・利潤・地代などの形で、労働者・株主・地主などに分配される。
ジュース 1 本が 200 円で消費者に届くまで、農家 → メーカー → 流通業者の 3 段階を経ます。各段階の付加価値を合計すると 50 + 80 + 70 = 200 となり、これが最終消費者価格と一致します。これが「GDP = 付加価値の合計」という関係の直感的な説明です。
GDP は同じ経済の大きさを 3 つの角度から測ったものです。
これら 3 つは必ず等しい(三面等価)。
マクロ経済学でもっともよく使われる公式が、支出面からみた GDP:
$$Y = C + I + G + (EX - IM)$$「$C + I + G$」を内需、「$EX - IM$」を外需と呼びます。
類似概念としてGNP(国民総生産)もあります。
| 指標 | 含めるもの | 目的 |
|---|---|---|
| GDP | 国内で生産されたもの(外国人の労働分も含む) | 国内の生産活動の規模 |
| GNP(GNI) | 自国民が国内外で生産したもの | 国民の稼ぎの規模 |
GNP = GDP + 海外からの純要素所得受取。現在の日本では、海外投資の収益が多いためGNP > GDP(差は約 30 兆円)。
第 1 章の黄金のクロス(需要曲線と供給曲線)はミクロ経済学の話でしたが、マクロ経済でも同じ考え方が使えます。GDP の水準は、供給サイド(生産できる能力)と需要サイド(実際に買われる量)の両方によって決まります。
経済が長期的にどれくらい成長できるか(=潜在成長率)は、供給サイドの要因で決まります。
ここで $\alpha$ は労働分配率、$\beta$ は資本分配率($\alpha + \beta = 1$)。日本は $\alpha \approx 0.7, \beta \approx 0.3$ が目安。
より一般的には技術進歩 $A$(TFP:全要素生産性)を加えて:
$$g = g_A + \alpha g_L + \beta g_K$$労働分配率 $\alpha = 0.7$、資本分配率 $\beta = 0.3$、労働の増加率 $g_L = 0\%$(少子化のため横ばい)、資本の増加率 $g_K = 3\%$。技術進歩がないとすれば、潜在成長率は?
$$g = 0.7 \times 0 + 0.3 \times 0.03 = 0.009 = \textbf{0.9\%}$$→ 労働が増えない状態では、資本蓄積だけでは成長率は 1% に届きません。技術進歩と女性・高齢者の労働参加が成長のカギ、と政策議論でよく言われるのはこの構造的背景から。
一方、短期的な景気変動は需要サイドで決まります。各需要項目(C, I, G, NX)のうち、どれが経済成長にどれだけ貢献したかを分解するのが寄与度分析です。
「項目 $i$ のシェア × 増加率」を項目 $i$ の寄与度と呼ぶ。
ある年の需要項目のシェアと増加率は次のとおり。経済成長率と各項目の寄与度を求めよ。
| 項目 | シェア | 増加率 | 寄与度 |
|---|---|---|---|
| 消費 C | 60% | 2% | 0.6 × 2 = 1.2% |
| 投資 I | 20% | 5% | 0.2 × 5 = 1.0% |
| 政府支出 G | 15% | −1% | 0.15 × (−1) = −0.15% |
| 純輸出 NX | 5% | 4% | 0.05 × 4 = 0.2% |
| 合計(経済成長率) | 2.25% |
→ この年の経済成長 2.25% のうち、消費が 1.2% ポイント、投資が 1.0% ポイントで、ほぼ両者で全体を牽引。政府支出は緊縮で成長を 0.15% ポイント押し下げ。
マクロ経済の動きは、時間軸によって主役が変わります。
次の第 7 章では、有効需要の理論と乗数メカニズムを学び、ケインズ経済学の核心に入ります。
問 1 次の文章の空欄を埋めてください。
(1)( )は、一国内におけるすべての産業の( )を足し合わせたものであり、また各種所得(賃金・利潤・地代など)の和にも等しく、さらに消費・投資・政府支出・純輸出の和にも等しい。これを GDP の( )という。
(2) 名目 GDP から物価の影響を除いたものを( )といい、その比率 = 名目 GDP ÷ 実質 GDP × 100 を( )という。
(3) 供給サイドから見たマクロ経済の潜在的な成長力を数式にしたものを( )と呼び、労働と資本の増加率に、それぞれの( )をかけて加重平均した形をとる。
(1) GDP(国内総生産)/付加価値/三面等価
(2) 実質 GDP/GDP デフレーター
(3) 成長方程式/分配率(労働分配率・資本分配率)
問 2 ある海外貿易のないマクロ経済で、消費 $C = 300$ 兆円、投資 $I = 100$ 兆円、政府支出 $G = 100$ 兆円。生産要素は資本・労働・土地の 3 つで、資本への分配 100 兆円、土地への分配 100 兆円、政府の財政はバランスしている。
(1) この国の GDP
(2) 労働への分配
(3) 政府の税収
(1) GDP(支出面)= $C + I + G$ = 300 + 100 + 100 = 500 兆円(海外貿易なし)
(2) 労働への分配(分配面から逆算):
GDP = 資本分配 + 土地分配 + 労働分配 + 税 − 補助金。
税は政府支出 100 とバランス(財政収支 = 0 = 税 − G → 税 = 100)。
労働分配 = 500 − 100 − 100 − 100 = 200 兆円
(3) 政府の税収:財政バランスより、税 = 政府支出 = 100 兆円
問 3 衣料・食料・住宅の 3 財しかない経済のデータ:
| 財 | 2010 年価格 | 2010 年数量 | 2015 年価格 | 2015 年数量 |
|---|---|---|---|---|
| 衣料 | 50 | 100 | 40 | 120 |
| 食料 | 40 | 200 | 60 | 250 |
| 住宅 | 100 | 20 | 120 | 20 |
(1) 2010 年と 2015 年の名目 GDP。
(2) 2010 年を基準年とした 2015 年の実質 GDP。
(3) 2015 年の GDP デフレーター(2010 年 = 100)。
(1) 名目 GDP:
(2) 2015 年の実質 GDP(2010 年価格 × 2015 年数量):
= 50×120 + 40×250 + 100×20 = 6,000 + 10,000 + 2,000 = 18,000
(3) GDP デフレーター:
= 22,200 ÷ 18,000 × 100 = 123.3
→ 物価は 2010 年から 2015 年で約 23.3% 上昇、実質 GDP は 15,000 → 18,000 で 20% 増加。
問 4 フロー変数とストック変数を区別してください。
(1) GDP (2) 貨幣残高(マネーストック) (3) 政府財政赤字 (4) 消費 (5) 資本ストック (6) 対外資産残高 (7) 政府債務 (8) 投資
フロー(一定期間の量):(1) GDP、(3) 政府財政赤字、(4) 消費、(8) 投資
ストック(ある時点の量):(2) 貨幣残高、(5) 資本ストック、(6) 対外資産残高、(7) 政府債務
判定のコツは「1 年間に」「1 か月に」という期間をつけて自然ならフロー、「2024 年末時点の」などと時点で測るのが自然ならストック。
問 5 資本・労働・土地で生産する経済を考える。労働が 2%、資本が 3%、土地が 0%(固定)で増加しているとする。要素所得シェアは労働 60%、資本 30%、土地 10%。
(1) 技術進歩がないとしたときの経済成長率(潜在成長率)を求めよ。
(2) 実際の経済成長率が 3% のとき、全要素生産性(TFP, 技術進歩)の成長率は何 % か。
(1) $g = 0.6 \times 2 + 0.3 \times 3 + 0.1 \times 0$ = 1.2 + 0.9 + 0 = 2.1%
(2) 実際の成長率 3% = TFP成長率 + 要素の寄与 2.1% → TFP 成長率 = 0.9%
→ 要素投入(資本・労働・土地)だけでは 2.1% の成長が限界。実際に 3% 成長したなら、残る 0.9% は技術進歩によるものと解釈できる。
問 6 ある国のマクロ経済の需要項目の動きと GDP シェア:消費 60%・2% 増、投資 20%・3% 増、政府支出 15%・−2%、純輸出 5%・1% 増。
(1) この国の経済成長率は何 % か。
(2) 消費と投資の寄与度はそれぞれ何 % か。
(1) 経済成長率:
= 0.6×2 + 0.2×3 + 0.15×(−2) + 0.05×1
= 1.2 + 0.6 − 0.3 + 0.05
= 1.55%
(2) 寄与度:
合計 1.2 + 0.6 − 0.3 + 0.05 = 1.55% で (1) と一致 ✓
→ 消費が経済成長の主な牽引力(1.2% ポイント)、次いで投資(0.6% ポイント)。政府支出の緊縮(−2%)は成長を 0.3% ポイント押し下げている。
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