会計 ― 第9章

無形固定資産と繰延資産

特許権・のれん・ソフトウェア、そして繰延資産。物理的形態を持たない「無形の価値」を、どこまで資産計上するか。

前章までの棚卸資産有形固定資産は、物理的形態を伴う資産でした。これに対して本章で扱う無形固定資産(特許権・商標権・ソフトウェア・のれん)と繰延資産(株式交付費・社債発行費・創立費・開業費・開発費)は、物理的形態をもたない資産項目です。 資産計上するか、支出時に費用処理するか ― この区別の判断が、本章の核心です。特に研究開発費は原則費用処理、のれんは 20 年以内の規則的償却(日本基準)と、IFRS の減損テストとでは処理が大きく異なります。 3 つの設例を通じて、のれんの買収時評価・株式交付費の 3 処理・社債発行費の利息法償却を、計算と仕訳の両面からマスターします。

🎯 この章でマスターしておきたいこと

📚 本章の流れ

  1. 知的財産と研究開発
  2. 無形固定資産(設例 1)
  3. 繰延資産(設例 2・3)
  4. 要点まとめ
  5. 演習

1. 知的財産と研究開発

企業活動に貢献する資産には、棚卸資産や有形固定資産のような物理的形態をもたないが、広く知的財産(intangibles)と総称される無形項目があります。科学的発明に基づく特許権、ブランド製品の商標権、表計算ソフトウェアの著作権などが代表例です。これらは独占的な利用が法律で保護され、権利の転売も可能なので、物理的形態がなくても資産計上することに異論はありません。

貸借対照表における無形項目の位置
図 9-1 本章で扱う 無形固定資産(固定資産の一区分)と 繰延資産(固定資産に続く「第 3 の資産項目」)。両者とも物理的形態を持たないが、前者は権利や独占的利用に裏打ちされ、後者は会計学上の対応原則だけを根拠に計上される「擬制資産」。

1.1 研究開発支出を資産計上できるか

知的財産を自己の努力によって創設するには、研究開発従業員訓練に多額の投資が必要です。研究開発が将来の収益に貢献する可能性があれば、これは概念フレームワークでいう経済的資源に該当するともいえます。

しかし研究開発は、次の理由で資産計上の信頼性要件を満たしにくいものです。

研究開発の資産計上を困難にする要因

したがって、現行の会計基準では、研究開発などの支出はきわめて限定された項目だけを無形固定資産または繰延資産として計上し、それ以外は原則として支出時に費用処理します。貸借対照表に計上されない無形の価値で、投資者が主観的に評価する部分を総称して主観のれんといいます。

企業買収が行われると、主観のれんは市場取引を経て客観的な評価を受けます。買収対価が引き継いだ純資産額を超える部分が「のれん」として資産計上されるのです。つまり、のれんは有償取得された超過収益力であり、自社で内部生成したのれんは資産計上できません。この非対称性が無形資産会計の核心です。

2. 無形固定資産(設例 1)

2.1 無形固定資産の 3 種類

無形固定資産とは、物理的な形態をもたないが 1 年を超えて長期にわたって利用される資産項目で、次の 3 種類に分類されます。

無形固定資産の 3 種類
種類具体例説明
(1) 法律上の権利特許権自然法則を利用した高度な技術的発明の独占使用権
実用新案権物品の形状・構造・組合せの実用的考案
意匠権・商標権デザインやトレードマークの独占使用権
借地権・鉱業権・漁業権事業用の使用権(借地権は非償却)
(2) ソフトウェア制作費自社利用システム・販売用ソフト目的・内容により資産計上 or 費用処理(図 9-2)
(3) のれん買収差額有償取得された超過収益力。自社分は計上不可

(1) のうち特許権・実用新案権・意匠権・商標権は産業財産権(工業所有権)と総称されます。

2.2 無形固定資産の取得原価

取得方法別の取得原価
ソフトウェア制作費の会計処理
図 9-2 ソフトウェア制作費の 8 分類。「研究開発費等に係る会計基準」により、将来の収益獲得・費用削減が確実な場合のみ無形固定資産として資産計上され、他は原則として費用処理される。

2.3 のれんの取得原価と自己資本評価の 3 アプローチ

のれんの取得原価は「買収対価 − 引継いだ純資産額」で決まりますが、買収対価自体は当事者間の交渉で決まります。その交渉の基礎となる被買収企業の自己資本の価値評価には、3 つのアプローチがあります。

自己資本評価の 3 アプローチ

【設例 1】のれんの取得と自己資本評価 3 アプローチ

※ 教科書の設例と同じ構造(買収仕訳+ 3 アプローチの評価比較)ですが、金額・比率を独自設定に変更してあります。

時価で評価した資産合計が 400 万円、負債合計が 220 万円の他企業(純資産 180 万円)を、当座預金から 240 万円を支払って買収した。

のれん = 買収対価 240 − 純資産 180 = 60 万円

内容借方貸方
買収
諸資産4,000,000
のれん600,000
諸負債2,200,000
当座預金2,400,000

※ 検算:借方計 4,600,000 = 貸方計 4,600,000 ✓

【参考】3 アプローチによる被買収企業の自己資本評価

被買収企業の条件:純資産 180 万円、予想利益 20 万円、自己資本利益率 10%、業界平均 ROE 7%、予想 CF 28 万円/期、WACC 8%、自己資本コスト 7%、発行済株式数 12,000 株、株価 200 円。

アプローチ計算評価額
(a) コスト(純資産法)時価純資産額そのまま180 万円
(b)-①インカム(利益還元)180 × 10% ÷ 7%257 万円
(b)-②インカム(DCF)28 ÷ 8% − 負債 220130 万円
(b)-③残余利益モデル180 + (20 − 180×7%)/7% = 180 + 7.4/0.07286 万円
(c) マーケット(株式時価法)200 × 12,000 株240 万円

※ 各アプローチの評価額が 130〜286 万円とばらつく。実際の買収対価 240 万円はマーケット・アプローチに近い水準で交渉がまとまった、と解釈できる。

残余利益モデルは、投資理論[実務編]第 2 章「株式投資分析」でも登場しました。自己資本コストを上回る超過利益(残余利益)の現在価値を、簿価に上乗せするモデルです。アクチュアリー試験では、株式評価(実務編)と企業結合会計(会計)の両方で出題されるので、この機会にしっかり押さえておきましょう。

2.4 無形固定資産の償却

無形固定資産の償却の特徴
資産の種類税法上の償却方法税法上の耐用年数(参考)
特許権定額法8 年
実用新案権定額法5 年
意匠権定額法7 年
商標権定額法10 年
借地権非償却
鉱業権定額法・生産高比例法内容別 5〜8 年ほか
漁業権定額法10 年
ソフトウェア定額法内容別 3〜5 年
のれん定額法税法 5 年/会計基準 20 年以内
のれんの会計処理 日本基準 vs IFRS
図 9-4 のれんの償却は日本基準と IFRS で大きく異なる。日本基準は20 年以内の規則的償却 + 減損、IFRS は毎年の減損テストのみ(規則的償却なし)。KKT 試験では日本基準ベースの計算が主軸。

3. 繰延資産(設例 2・3)

3.1 繰延資産の資産性

繰延資産とは、(a) 代価の支払が完了または支払義務が確定し、(b) 対応する役務の提供を受けたにもかかわらず、(c) その効果が将来にわたって発現すると期待される支出額を、効果が及ぶ将来期間に費用として合理的に配分する目的で、経過的に BS の資産の部に計上した項目をいいます(企業会計原則・注解 15)。

繰延資産は、換金価値や転売可能性を持たないという点で、有形固定資産や前払費用とは決定的に異なります。対応原則によって初めて資産計上が正当化される項目で、このため会計的資産擬制資産と呼ばれることもあります。保守主義と債権者保護の観点から、計上できる項目は限定列挙され、早期償却が強制されています。

3.2 繰延資産の範囲 ― 5 項目

企業会計基準委員会の実務対応報告第 19 号「繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い」により、現在繰延資産として計上できるのは次の 5 項目に限定されています。

繰延資産 5 項目
図 9-3 繰延資産 5 項目を経済的性質で 3 グループに整理:資金調達(株式交付費・社債発行費等)/企業活動の基盤形成(創立費・開業費)/収益増加・費用削減(開発費)。償却期間は 3 年または 5 年以内(社債発行費は償還期間)。
繰延資産に対する 3 つの制約

過去には試験研究費・新株発行費・社債発行差金・建設利息も繰延資産に含まれていましたが、会計基準の整備で次のように整理されました:試験研究費は研究開発費基準で費用処理に、社債発行差金は金融商品基準で社債額面の控除項目に、建設利息は会社法制定で廃止、新株発行費は株式交付費に包含。

繰延資産の各項目について支出時費用処理繰延資産計上の両方が認められているため、企業は採用した処理方法を重要な会計方針として注記しなければなりません(企業会計原則注解 1-2)。

3.3 株式交付費

株式交付費は、株式発行や自己株式処分に関連して生じる費用(募集広告費・手数料・登録免許税など)です。会社設立時の発行株式に関する費用は創立費に含まれるので、株式交付費には該当しません。

株式交付費の処理

【設例 2】株式交付費の 3 処理(費用・繰延資産・資本金控除)

※ 教科書の設例と同じ構造(3 社を並列して 3 処理を比較)ですが、金額を独自設定に変更してあります。

A・B・C の 3 社(いずれも 3 月末決算)はそれぞれ、20x1 年 9 月 30 日に新株発行を行い、払込額 1,200 万円を当座預金の口座に受け入れるとともに、株式交付費 54 万円を当座預金から支払った。

① A 社:支払時に費用処理(原則)

内容借方貸方
払込
当座預金12,000,000
資本金12,000,000
費用
株式交付費〔営業外費用〕540,000
当座預金540,000

② B 社:繰延資産計上(償却期間 3 年)

内容借方貸方
払込
当座預金12,000,000
資本金12,000,000
資産
株式交付費〔繰延資産〕540,000
当座預金540,000

③ C 社:米国会計基準(払込額から交付費を控除)

内容借方貸方
払込
当座預金11,460,000
資本金11,460,000

※ C 社の当座預金は純額(1,200 − 54 = 1,146 万円)で計上。

④ 20x2 年 3 月決算 ― B 社の当期分償却

償却額 = 540,000 ÷ 3 年 × (6 か月 ÷ 12 か月) = 90,000 円

内容借方貸方
償却
株式交付費償却90,000
株式交付費90,000

※ 20x1 年 9 月 30 日発行なので、20x2 年 3 月期は 6 か月分のみ月数按分。

3.4 社債発行費等

社債発行費は、目論見書・社債券の印刷費、募集広告費、金融機関・証券会社の取扱手数料、社債登記の登録免許税など、社債発行のために直接支出した費用です。新株予約権発行費も、資金調達等の財務活動関連のものは繰延資産化が可能。

社債発行費の処理

【設例 3】社債発行費の利息法による償却

※ 教科書の設例と同じ構造(平価発行・利息法償却)ですが、金額を独自設定に変更してあります。

当社(3 月末決算)は 20x1 年 4 月 1 日に、額面 120 万円、期間4 年の社債を平価発行し、払込金を当座預金とするとともに、社債発行に要した諸費用 6 万円を当座預金から支払った。社債発行費は資産計上し、社債の償還までの期間にわたり利息法で償却することとした。

内容借方貸方
発行
当座預金1,200,000
社債1,200,000
諸費用
社債発行費〔繰延資産〕60,000
当座預金60,000

② 20x2 年 3 月決算 ― 当期分の償却

実効利子率 $r$ は、資金調達純額 114 万円(= 120 − 6 万円)が 4 年後に 120 万円となる利子率:

$$\left(\frac{1{,}200{,}000}{1{,}140{,}000}\right)^{1/4} - 1 = \sqrt[4]{1.05263} - 1 \approx \mathbf{0.012906}\ (\approx 1.29\%)$$

この利子率に基づく利息法による毎年の償却額は次のとおり。

決算日期首帳簿額実効利息
= 帳簿額 × 1.2906%
期末元利合計
(繰延資産簿価)
20x1.4.11,140,000
20x2.3.311,140,00014,7131,154,713
20x3.3.311,154,71314,9041,169,617
20x4.3.311,169,61715,0961,184,713
20x5.3.311,184,71315,2871,200,000
償却額合計60,000

20x2 年 3 月決算の仕訳:

内容借方貸方
償却
社債発行費償却14,713
社債発行費14,713

※ 検算:14,713 + 14,904 + 15,096 + 15,287 = 60,000(発行費総額と一致)✓
利息法は、各期の未償却残高に実効利子率を乗じて償却額を算定する方法。期が進むにつれて償却額が徐々に増える。

3.5 創立費と開業費

創立費と開業費
創立費開業費
内容会社設立のための支出
(定款作成費・株式募集広告費・設立事務所賃借料・発起人報酬・設立登記の登録免許税)
会社成立後〜営業開始までの準備費用
(土地・建物の賃借料・広告宣伝費・支払利息・使用人給料・光熱水費)
原則処理営業外費用営業外費用(または販売費及び一般管理費)
繰延資産化
償却期間会社成立から 5 年以内開業から 5 年以内
償却方法定額法定額法

創立費については、会社計算規則で資本金・資本準備金からの減額が認められていますが、株式交付費と同様に企業会計原則(資本・損益取引の区別)との整合性から、当分の間は適用しない扱いです。

3.6 開発費

ここでいう開発費(繰延資産)は、(a) 新技術・新経営組織の採用、(b) 資源の開発、(c) 市場の開拓、(d) 生産能率の向上や生産計画変更のための設備の大規模な配置替えを行った場合に特別に支出した費用です。経常費の性格をもつものは含まれません。

開発費の処理
ここで注意が必要なのは、開発費(繰延資産、資産計上可)と研究開発費(「研究開発費等に係る会計基準」、原則費用処理)は別物という点です。範囲も目的も異なります。研究開発費は IFRS と同様に原則発生時費用処理で、例外は企業結合時に受け入れた仕掛研究開発費のみ。自社で行った研究開発支出は、たとえ将来に効果が期待できる可能性があっても、原則として期間費用として処理します。

3.7 臨時巨額の損失の繰延

繰延資産には該当しないが、企業会計原則は臨時巨額の損失の繰延経理を認めています(注解 15)。

臨時巨額の損失の繰延経理の要件

過去の前例として「医薬品副作用被害救済基金法」(1979 年、スモン被害者への和解金を 15 年以内に均等以上償却)があります。ただし現行の概念フレームワークは資産負債アプローチを重視しており、この処理は極めて例外的な取扱と理解すべきです。

💡 第 9 章 要点まとめ

✍️ 演習(クリックで解答表示)

問 1 時価純資産 500 万円の他企業を 600 万円で買収。のれんの取得原価を算定し、仕訳を示してください。

解答を見る

のれん = 600 − 500 = 100 万円

(借)諸資産 500 万、のれん 100 万 /(貸)当座預金 600 万 ※諸負債がある場合は諸負債も貸方計上

問 2 問 1 の他企業について、業界平均 ROE 6%、被買収企業の ROE 9%、自己資本 500 万円、予想利益 45 万円(= 500 × 9%)。利益資本還元法による自己資本評価額を算定してください。

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評価額 = 自己資本 × (被買収 ROE ÷ 業界平均 ROE) = 500 × 9% ÷ 6% = 500 × 1.5 = 750 万円

または、予想利益を業界平均 ROE で資本還元:45 ÷ 6% = 750 万円(同じ結果)

問 3 のれんの日本基準と IFRS の処理の違いを、キーワードを含めて説明してください。

解答を見る

日本基準:20 年以内の効果期間にわたる規則的償却(定額法その他)+ 減損処理。

IFRS:超過収益力の持続期間に不確実性が高く耐用年数が確定できないため規則的償却を行わず、少なくとも年 1 回の減損テストで対応。

「修正国際基準」はのれんの償却について日本基準寄りの修正を加えている。

問 4 X 社は 20x1 年 10 月 1 日に新株発行、払込額 800 万円を受け入れ、株式交付費 36 万円を支払った。繰延資産計上し、償却期間 3 年の定額法。20x2 年 3 月決算の償却額を求めてください。

解答を見る

償却額 = 360,000 ÷ 3 年 × (6 か月 ÷ 12 か月) = 60,000 円

(借)株式交付費償却 60,000 /(貸)株式交付費 60,000

問 5 額面 500 万円、期間 5 年の社債を平価発行。発行費 25 万円を繰延資産計上し、利息法で償却。実効利子率 $r$ の計算式を示してください。

解答を見る

資金調達純額 = 500 − 25 = 475 万円

$r = \sqrt[5]{500/475} - 1 = \sqrt[5]{1.05263} - 1 \approx 0.01031$(約 1.03%)

※ この $r$ を初年度の期首帳簿額 4,750,000 に乗じて、1 年目の償却額 ≈ 48,972 円を算定する。

問 6 次のうち、繰延資産として資産計上できる項目はどれか。 ① 自社で開発した特許権の研究開発支出 ② 既存の特許権を他社から購入した代価 ③ 株式分割に要した費用 ④ 新株発行による資金調達に要した費用 ⑤ 会社設立時の定款作成費用

解答を見る

④(株式交付費)と⑤(創立費)が繰延資産化可能。

  • ① 研究開発費は原則費用処理(研究開発費等に係る会計基準)
  • ② 購入した特許権は無形固定資産(繰延資産ではない)
  • ③ 株式分割は企業規模の拡大効果をもたないため、繰延資産化不可
  • ④ 新株発行による資金調達は規模拡大効果あり → 繰延資産可
  • ⑤ 創立費は 5 年以内の定額法で償却
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