【世界の偉人②】エドモンド・ハレー — 彗星だけじゃない、生命表を作った天文学者
📅 2026年8月18日 公開
連載「世界の偉人たち」第2回。今回は、名前だけなら誰もが知っている科学者を取り上げます。エドモンド・ハレー——そう、あの「ハレー彗星」のハレーです。しかし彼が保険数理の歴史における最重要人物のひとりだと知る人は多くありません。
生涯 — 「何でもやった」万能の科学者
エドモンド・ハレー(Edmond Halley, 1656-1742)は、ロンドンの裕福な石鹸商の家に生まれました。オックスフォード大学在学中から天文観測の才能を発揮し、20歳そこそこで南大西洋のセントヘレナ島に渡って南天の星表を作成。若くして王立協会フェローに選ばれます。
彼の業績は天文学にとどまりません。潮汐と磁気の研究、潜水鐘の改良、そして親友ニュートンを説得し、私費を投じてあの『プリンキピア』を出版させたのもハレーです。彗星の回帰予言(1758年に的中し「ハレー彗星」の名が残る)はあまりに有名ですが、それは多彩な業績の一つにすぎません。そして1693年、彼は保険と年金の歴史を変える一本の論文を発表します。
1693年、ブレスラウ生命表 — 「人の寿命」が計算可能になった
当時のヨーロッパでは、国や都市が資金調達のために終身年金(一時金を払うと生涯にわたり年金を受け取れる仕組み)を売っていました。問題は価格です。年齢に関係なく一律価格で売られることさえあり、「若い人ほど得をする」ことは感覚的に分かっていても、実証的な統計データに基づいた適正価格の計算手法は確立されていなかったのです。
ハレーはここに科学の手続きを持ち込みました。材料は、シレジアの都市ブレスラウ(現ポーランドのヴロツワフ)の教会に残されていた、数年分の正確な出生・死亡記録。ハレーはこのデータから、年齢ごとの生存者数や死亡・生存の確率を体系的に整理した表——近代的な生命表を作り上げます。
さらにハレーは、この生命表と利息の割引計算を組み合わせて、年齢ごとの終身年金の適正価格を算出しました。「生存確率 × 割引率」で将来の支払いを現在価値に直す——生保数理で最初に習う年金現価の考え方の原型が、ここにあります。ちなみに彼の計算は、当時の政府が売っていた年金が安すぎることも明らかにしました(それでも政府はしばらく価格を変えなかったのですが)。
なぜ天文学者が寿命を計算したのか
一見畑違いに見えますが、ハレーの中では一貫していました。彗星の軌道も人間の死亡率も、「大量の観測データから規則性を取り出し、未来を予測する」という同じ科学の営みだったのです。占いや経験則に頼っていた領域に観測と計算を持ち込む——17世紀の科学革命の精神が、天文学では彗星の回帰予言になり、社会に向かえば生命表になりました。
アクチュアリーという職業は、しばしば「保険の数学者」と説明されます。しかしその原点にいたのは、望遠鏡を覗いていた天文学者でした。データから未来を読むという方法そのものが、この職業の本当の出発点なのです。
ハレーからアクチュアリーへ
ハレーの生命表から約70年後の1762年、ロンドンで世界初の近代的生命保険会社エクイタブル・ソサエティが設立され、年齢別の科学的な保険料率を採用します。この会社で数理を担った責任者が「アクチュアリー」と呼ばれたことが、職業名の起源として知られています。ハレーが示した「計算可能な寿命」の上に、職業としてのアクチュアリーが生まれたのです。
KKTとのつながり
「将来の不確実なキャッシュフローを、確率で重み付けして現在価値に割り引く」——ハレーが年金価格でやったこの計算構造は、KKTの投資理論そのものでもあります。債券価格の計算、DDMによる株価評価、リスク中立確率によるオプション評価は、すべて同じ骨格の上にあります。投資理論の講義で割引計算に出会ったら、その源流に17世紀の天文学者がいたことを思い出してください。
次回の偉人伝は、サンクトペテルブルクのパラドックスと期待効用のダニエル・ベルヌーイ。「期待値では説明できない人間の選択」に最初に数学で答えた人物です。
※ 厳密に言えば(補注)
- ハレー彗星は1758年12月25日に再発見され、太陽への最接近(近日点通過)は1759年3月でした。「1758年に的中」は再発見の年を指しています。
- ハレー以前にも、ヨハン・デ・ウィット(1671年)が死亡率と割引計算による終身年金評価を試みており、生命表の原型はジョン・グラント(1662年)に遡ります。ハレーの功績は、実際の年齢別データに基づく体系的な生命表と年金評価を確立した点にあります。
- 「大数の法則」という理論の定式化はヤコブ・ベルヌーイ『推測法』(1713年)であり、ハレーの論文より後です。本文は後世の理論名を用いた説明です。
- 彗星回帰の予言は、過去3回の出現の軌道の類似とニュートン力学に基づくもので、生命表のような統計的手法とは方法が異なります。本文は両者に共通する「観測と計算で未来に迫る」姿勢に着目した説明です。
- 生命保険会社そのものとしては、1706年設立のアミカブル・ソサエティが先行します。エクイタブル・ソサエティは、年齢別の科学的保険料率を採用した近代的な相互会社としての先駆けです。また actuary という語はラテン語 actuarius(記録係)に由来し、同社の役職名として使われたことから専門職の名称として定着しました。
- 年金・債券・DDM・オプション評価は「将来キャッシュフローの割引」という骨格を共有しますが、用いる確率と割引率の意味は異なります(年金は死亡・生存確率、DDMはリスクを反映した要求収益率、オプションはリスク中立確率と無リスク金利)。
- ダニエル・ベルヌーイに先立ち、ガブリエル・クラメールも書簡で類似の効用の考え方を示しています。「最初」というより代表的な先駆者です。
📖 あわせて学ぶ(無料講義・動画)
📚 参考文献・参考リンク